傍に居る、今も。





『骨』





もうあの高校時代は「過去」と呼ばれてしまうほどに
記憶の底へ押し込まれてしまった。
そのくらいの年月が、自分の中を駆け巡ってしまった。
30年以上生きていて、たくさんの変わってしまったものの中で
それでも変わらないものもある。




「変わらないよね」
夏の夕暮れだった。一人暮らしの水谷の部屋だった。
栄口のむき出しの腕をさらりと撫でて、水谷が言った。
そう言った後で、もう一度撫でていた。
触れる指と掌の感触の心地良さを感じるが、栄口はそれを表情に出したりはしない。
感情を素直に表に出すには、もう「若さ」というものが絶対的に足りない。
「なにが」
声も心も抑えて、とりあえずは問うてみる。
「どうしてそんなに腕とか、細っこいの。昔っから変わんない」
「どうして…って言われてもなあ…。変わらないって言えば、お前のほうが」
「オレ?」
「そう、お前」
その話し方も、印象すらも。
自分の眼鏡越しに見る、水谷の大きな瞳も何もかもが変わらない。
「なあ栄口。大人になって、何が変わるの。
見かけだけ?中身なんてなんも変わんないよ」
「そうなのかな」
「そうだよ。子どもも大人も大して変わりはしないんだ」
腕を掴まれる。
水谷と視線が合い、2人そのまま見つめあった。




「その細い腕の骨が折れるくらいに抱き締めてよ」
「……」
「って言ったら怒る?」
言いつつ項垂れる水谷に、今すぐ抱きついてしまいたい。
その衝動を抱えつつ、栄口は答えを返さずに問いだけを投げた。
「なんか…あったのか?」
「理不尽なことも多くてさあ。あの時代みたいにいいヤツばかりじゃないって
オレ、分かってっけど、分かってっけど」
仕事でなんかあったのか、それとも家庭の事情のほうか、栄口には分からない。
「水谷」
「……抱き締めてよ」
「いい、よ」
掴まれていた筈の腕はいつの間にか解放されていた。
そろりと腕を伸ばし、水谷の背にまわす。




骨なんて、いくら折れたっていいくらいには栄口は水谷のことが好きだった。
出逢った遥か遠くの記憶に残る時間から、
年月を経て尚、傍に居る、今も。ずっと。




気持ちは何も変わらなかった。
過ぎていく時間の中で、ただ熟成されていくだけだったのだ。




END











傍に居る、この先も。





『骨2』





あまりの細さに、
その骨が折れるくらいに抱き締めたくなる。
ずっとそう思っていた。




出逢った高校時代と何も変わらない栄口の腕の細さに
記憶の底へ押し込まれていた筈のあの頃の情景が水谷の意識に過ぎる。
「過去」と呼ぶには眩しすぎた情景だった。
段々とそのすべてが風化して、日常の隙間に押し込まれてしまっていたのだけれど。
目の前に居る栄口は遠い記憶の彼から、何も変わっていないような気がする。



その腕は細くて。
腕に自分の掌を滑らしたら、よけいにその細さを水谷は実感することになった。
「変わらないよね」
夕暮れは夏の季節で、夜を迎えて涼しさを運んでくる。
当時一人暮らしをしていた水谷の元に、栄口はよく訪れていた。
他愛も無い話をして帰っていく。それだけでも。
傍に居る、ただそれだけで渇いた心の器は満たされていく。
「なにが」
水谷の零した一言に、抑揚の無い口調で問われる。
「どうしてそんなに腕とか、細っこいの。昔っから変わんない」
「どうして…って言われてもなあ…。変わらないって言えば、お前のほうが」
「オレ?」
「そう、お前」
何が変わらないというのだろう。確かに中身は変わってない。
今も昔も、栄口のことが好きで。それも変わらない。
「なあ栄口。大人になって、何が変わるの。
見かけだけ?中身なんてなんも変わんないよ」
「そうなのかな」
「そうだよ。子どもも大人も大して変わりはしないんだ」
腕を掴んで栄口を見た。
視線が合って、2人そのまま見つめあった。





壊すより、壊れて欲しい。
そう思うようになってしまったのは、ちょっと前からだろうか。
「その細い腕の骨が折れるくらいに抱き締めてよ」
「……」
「って言ったら怒る?」
水谷が抱き締めて栄口を壊すより、
水谷を抱き締めることで、栄口に壊れて欲しい。
ここしばらくずっと、そんな風に傲慢な考えに水谷は囚われてしまっていた。
自分を取り巻いているいろんな現実に疲れていた。
項垂れたまま、顔を上げることが出来ない。
「なんか…あったのか?」
「理不尽なことも多くてさあ。あの時代みたいにいいヤツばかりじゃないって
オレ、分かってっけど、分かってっけど」
中身は何も変わらないのに、年齢だけは重ねて、いつまでも子どもではいられない。
人生は決して楽しいことばかりではない。
「水谷」
「……抱き締めてよ」
「いい、よ」
栄口の腕は伸ばされて、水谷の背中にまわる。



本当に骨が折れてしまうくらいに抱き締めてくれるのだろうか。
そのくらいには自分をまだ好きでいてくれるのだろうか。
出逢った遥か遠くの記憶に残る時間から、
年月を経て尚、傍に居る、今も。ずっと。




そして、願わくばこの先も。




ずっと抱えていた気持ちは何も変わらない。
過ぎていく時間の中で、広がって、深まって
そのまま熟成されていくだけだったのだ。





END













「ototo」のどろさんの日記でにーちゃん栄口くん(あれ?笑)が描かれてあって
しかもそのイラストを加工して中年栄口くんが描かれてて。
それを見て「中間はないの?30代栄口くんが見たい!」とレスしたら
描いてくださったので、るんるんでいただいてしまいました。
うれしくて、あっさりと青年ミズサカで妄想してしまいました。
(そして青年水谷も強引にリク……す、すみませんっ。このフミキ萌える…っ)
このみじかいSS『骨』2作はどろさんに捧げます。
ありがとうございました!!


『ototo』さま
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