『夏が終わっても』






まるで「押し掛け女房」のようだなあ。
オレ、水谷は、玄関のドアの前に立っていたいつもよりは赤い頬の栄口を見て、
にまにまと笑いつつそんなことを考えてしまっている。
だってほら、両腕に抱えたスーパーの袋。
コンビニでもらうような小さな袋ではなく、食材が入った大きめ重めのそれで。
「何笑ってんだよ」
訝しげな表情でこちらをねめつけてくる栄口が可愛い。
「コンビニ弁当なんて買ってないだろうな」
念を押されて、オレは黙って頷いた。
夕方にもらった栄口からのメールは、同じような文面だった。
「ああでもなんかうれしいなあ、栄口の手料理が食べられるなんて。
あ、材料代は親から預かってるよ」
「手料理って、何言ってんの、お前も作るの」
「おや」
「試したいレシピがあるんだ、協力してよ」
「……なんの?」
「お好み焼き、関西風だけど」
「おやおや、大好きだよ栄口」
「なんでそこでそうなるんだよ!」
更に赤くなった栄口の頬を、触りたくてしょうがない。





まだ、夏のはずだった。



気温は高く日差しは強く、蝉時雨は降り注いでいる。
それなのに、高校球児であるオレたちの2度目の夏は終わってしまっていて、
また来年の夏を目指してひたすらに進んでいくことしかできないでいる。
今日は家に誰もいなかった。
親たちはモモカンやシガポを交えての親睦会で、
練習を早めに切り上げることになった息子は放り出したまま。
もう今回で何度目の飲み会になるのかは忘れた。
姉貴は夕方から友達と出かけていて、今日も泊まりになるという。
そして栄口がオレが独りきりでいる家に訪れたのは今日が初めてのことになる。



「一応材料は粗方持ってきた。ホットプレートある?」
「うん、あるある」
「フライパンでもいいけど、向かい合って焼きたいし」
「そーだね」
キッチンのカウンターに、栄口は買ってきた材料を袋から出し始めた。
市販のお好み焼き粉はダシ取るのが面倒だから分かるとして、
キャベツに、紅しょうが、豚バラ肉、卵に大きめの山芋、
青海苔と、鰹節じゃなくて魚粉だった、それに?
更にイカの形をした小さい袋菓子がある。イカ天だ。
お好み焼きソースが袋から顔を覗かせたところで、
「マヨネーズはあるよな」と声がかかった。
オレが頷くと栄口はそこで携帯電話を取り出した。
買ってきたものの確認をしつつ携帯電話の画面を覗いている。
「それって買い忘れがないようにメモってんの?」
「違うよ、メールなんだ」
「自分に買い物リストのメールをしたってこと?」
「そうじゃなくて……えーと」
よく分からなくなって首を傾げているオレを前に、栄口は言葉を選んでいる。
もしかするとお姉さんから材料のメールをもらってたのかなあ、などと思っていたら、
栄口の口からは知らない名前が飛び出した。
「しょうちゃんが……、あ、シニアの時の友達なんだけど」
「うん」
「昔ごちそうになったお好み焼きが美味しかったから、
レシピをメールで訊いたのを思い出したんだ。
なんだかお父さんのレシピらしくて。そこ餃子に生椎茸が入ってたりもする家なんだ。
メールに保護かけてたからよかったよ」
「へえ」
「2人で作って食べてみたかったんだよ」
「……」
「お前と、だよ」
「……だーいすきだよ」
じわじわとうれしくなってにっこり笑ったら、
栄口は「またそんなこと言って」と更に頬を赤くしてふくれて見せた。
ほんとだよ、と小さな声で呟いてみる。
終わった夏の喪失感はあまりにも大きく、まだ実感としては自分の内にないのだろう。
独りで過ごすにはこの夜はきっととんでもなく重くて、今のこの笑いあえる状況に、
自分の元を訪れてくれた栄口にオレは感謝したかった。



オレがキャベツや紅ショウガを刻んでいる間に栄口はお好み焼き粉を水で溶き、
山芋の皮をピーラーで剥いてから、
家にあった大きめのカブの形をしている陶器のおろし器でおろし始めた。
「そんなに山芋、いるの?」
「みたい。『粉より山芋』だって」
「へええ。それって『モノより思い出』みたいな響き」
その量に驚きつつ、自分の作業に戻る。
まな板の上がキャベツで溢れてきて、
まるで呪文のように「ザルザル」と声を上げたら目の前にザルが姿を現した。
栄口はさしずめ舞台か何かの黒子のようで、その手際の良さに見とれてしまう。
ろくに家の手伝いもできていないない自分と比較するのはおかしいかもしれないけど。
「水谷、どんだけ食べるんだよキャベツのその量」
「た〜くさん食べるよオレ」
「焼いたの、家にちょっと持って帰ってもいい?」
「そのつもりでこのキャベツだよ!」
白々とした視線と共に沈黙が漂い始めたので慌ててオレは話題を変える。
「あのさ、このイカ天どうすんの?そのまま?それとも焼いてソースかけて食べんの?」
「ああそれ袋破らないまま、中のを砕いて」
「りょーかいっ」
わしゃわしゃと音をたてつつ、袋の菓子を砕いていくのは
ちょっと快感だった。
透明な袋だったので砕かれた中身が見える。
好きな人と一緒に料理、その工程は何をしていても楽しいものだった。



切ったり砕いたりして加工した材料をそれぞれ並べると、
栄口はひとつの小さいガラス製のボウルを取り出した。
お好み焼き粉と水を混ぜ、
そこに山芋を多量に加えたいわゆるタネをお玉に一杯掬ってボウルに入れる。
栄口はぶつぶついいながら携帯電話の、
きっとしょうちゃんとやらのメールをスクロールしている。
「えーと、『キャベツは手づかみ一杯』水谷入れて」
「ほーい」
「『あとは適量』……適量ってなんだよ」
「適当に入れま〜す」
「違うだろ、『適量』だろ」
「適当な量で適当じゃないの」
「それを言うなら最適な量だろ、豚バラは入れないで最初に焼くから」
「この中最後に卵を落とすでいーの?」
「いーよ」
「卵2つぶちこんでもいーい?」
「……もう何でもアリでいいよ。自己責任でよろしく」
「えー」
1回分に分けたボウルの中身をさっくりと混ぜ合わせる。
混ぜすぎないようにと栄口は言った。
先ほど電源を入れたホットプレートはもう熱くなっているだろう。
ホットプレートに油は引かず、栄口は好みの長さに切った豚バラ肉を敷いていった。
きちんと火を通したほうがいいので最初に焼いておくのだ。
バラ肉なので肉から油が出て行くので油を引く必要はないと思う。
両面を焦げない程度に焼いてから、混ぜ合わせたボウルの中身を置いていく。
ダイニングにエアコンは入っているけれども、
お好み焼きを焼いている栄口の額に汗を見てしまった。
自分といえば、皿などを用意したりして一応は動いている。
栄口ばかりを見てたわけじゃないと一応弁解をしておく。
「水谷、第2弾」
「お、了解」
差し出された空のボウルを受け取る。
ホットプレートは大きめなので2つは優に焼くことができるだろう。
第2弾用のボウルを渡してから、2つのグラスに氷を入れそこに冷やした麦茶を注ぐ。
ダイニングテーブルに座って、オレはホットプレートを覗き込んだ。
いい匂いがしていて、お腹は先程から鳴っている。
片面はキレイに焼けたようで、フライ返しを2つ持って栄口が訊いてくる。
「お前、チャレンジしてみる?」
「そこまでオレを信用していいの?何が起こってもしらないよ」
オレがそう返事をすると、うーんと小さな声で唸っている。
「オレもあんまり得意じゃないんだよなあ返すの」
「やるから貸して。オレがやって失敗したほうがダメージが少ないよね」
「何言ってんの」
「上手くいったら盛大に褒め称えてね」
笑顔の栄口の前で、オレは難なくお好み焼きを裏返した。
「返した後押さえつけたらダメだから」
「ほいほーい」
「すごいなー、キレイに裏返ってる」
「実はけっこう得意だったり」
「じゃ、この後もお願い」
「ちゃんと褒め称えてくれたら頑張るけど」
「……そんなおバカな水谷が好きかもしれない」
「むむ、褒めてないけどそれって褒めてはないけどさ」
口を尖らせ拗ねてはみたものの、
うれしさは湧き上がってきてだんだんと口に締まりがなくなってくる。
「もひとつの方も返して」
「ほーい、水谷頑張りますっ」



最初に焼いたのはも一度裏返して、程よく焼けたのを確認してから切り分ける。
ホットプレートを汚さないために、ソース魚粉青海苔は皿に分けてからかけることにした。
栄口はマヨネーズはちょっとしかかけないと言う。
オレはたっぷりかけるのが好きだったりするけどな。
「あち、あちち」
大き目の欠片を口に入れたせいなのか熱くて舌がヤケドしそうになる。
口当たりの軽さはやっぱ山芋のおかげなんだろうなあとオレは思った。
「おいしーねー、なんか幸せだ〜」
「うんそりゃよかった、じゃあ第3弾第4弾と行こうか」
「水谷働きます!」
もう一欠片お好み焼きを放り込みつつ、ボウルを抱えて立ち上がった。
焼きつつ食べつつ、もし次があったら栄口の家でみんなでとか、
冬になったらあつあつの鍋もいいなとか、
それだけじゃなくお好み焼きの好みについての話も盛り上がりを見せた。
好きな人と一緒にご飯を作って食べてというのも、楽しくて幸せなことなんだなと思う。



明日も早いので、お好み焼きのお土産をたくさん抱えて、
あまり遅くならないうちに栄口は家に帰っていった。
お腹は一杯で栄口の笑顔もたくさん見れて、心までもが十分に満たされていく。



栄口とは作りながら食べながら、いろんな話をした。
だけど2人とも野球の話は一切しなかった。
禁忌だったわけではないのだが、傷をまだ直視できなかったのは否めない。



それでもお互いをなんとかして癒したかった。
少しでも楽しい時間を過ごしたかった。
この先もずっと2人で笑いあっていきたいと思うのだ。
たとえ夏が終わってしまっても。





どの夏が、終わってしまったとしても。







END








大変遅くなりましたが、
どろさんから頂いた夏の御本のお礼SSです。
今回のリクは「料理をしているミズサカ」!
一緒にご飯を食べている、ではなく料理!
そして料理といえば何故だろう「お好み焼き」(どろさんの大好物)しか
脳内に浮かびませんで(笑)
こんなことになってしまいました。
でも2年生の彼らを書くのは楽しかった……。


ご笑納いただけると幸いです。


今回、とんでもなくカワユスな栄口くんのイラストを
描き下ろしていただきました。
水谷いなくても平気です(笑)
ありがとうございました!


『ototo』さま

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2009.12.11 up