『Restart −始まりの地−』










3月に入り、春を迎えつつある空を通す光の質量を増した太陽光と、
温かく柔らかさを含んだ風の中、栄口は駆けていた。
彼は4月から高校生になろうとしていた。




西浦高校の校舎から少し離れた視界の遠くに映る第二グラウンドには、
雑草があちらこちらと生い茂り、マウンドすらまだなかったが、
自分と、これからできるチームの皆で、
何もかもをゼロから作り上げていくのは楽しみでもあった。




硬式野球部創設の年、
このグラウンドは始まりの地となる。






そういえば待ち合わせの時間ははっきりとは決めていなかったなと、
今更ながらに栄口は思う。
西浦高校の入学試験の合格発表日である今日、
同じ中学の阿部と野球部で使用予定のグラウンドで待ち合わせをしていた。
発表を見に行く前に緊張故、先にトイレを経由してしまったため、
随分と遅くなってしまった。
阿部をどのくらい待たせてしまったのだろうか。
先程の携帯メールの「まだなのか」というあまりにもの文面の短さに、
それを見た栄口は思わず噴き出してしまった。
5文字分から察するに阿部はたぶん合格している。
栄口も合格していたから良かったものの、
もし不合格だったら後ろめたさに顔も見れなかっただろう。























別ブロックのシニアチームに入っていた栄口と阿部は、
お互い顔は知っていても同じクラスになったことがなく、
始めて話したのは2月末、2日ある受験日の1日目の学力検査が終わってすぐ、
西浦担当の引率の教師から集合をかけられる直前のことだった。
話した……とは言えないかもしれない。
どちらかというと、「怒鳴られた」という表現のほうが合っているかもしれない。
「栄口!朝から一体どこ行ってたんだ!!」と、そう怒鳴っていたと思う。
低めのいい声だったためか試験を受けた教室中に響いて、
一時ではあったが皆の注目を浴びてしまった。
どこ、と尋ねられても女子もいるその注目の中、
栄口には緊張のあまり頻繁にトイレに通ってましたとは言えるはずもなく。
突然に名を呼ばれて、ましてや怒鳴られる覚えもまったくなかったので、
阿部に訝しげな視線を向けてしまった。
ぶつかるくらいの勢いで詰め寄られて困惑したが、これ以上騒ぎになるのも困るし、
集合の時間も間近に迫っていたので後で話そうと提案した。




「野球部、入るんだろ?」
学校別に集合し、連絡事項の通達が終わりその場で解散して、
栄口と阿部は万葉の庭、と呼ばれる中庭まで移動した。
息をつく間も無く、阿部の口から出たのは野球部の話で。
西浦高校の硬式野球部は昨年申請を終え、今年4月から正式に創部となる。
なるほど、と栄口はここで合点がいった。
受験の集団にシニアで野球をやってる栄口の顔を見かけて、
部活動は野球にするのかと問うつもりだったのだろう。
どうやらずっと声を掛けようかと朝から狙っていたらしい。
トイレに通っていて栄口がなかなか捕まらないので、
阿部はしびれを切らしたという訳だ。
「あー、……阿部、だよね」
「おう」
確認しつつも、目の前の人物は何故ここにいるんだろうと栄口は思う。
何故西浦高校を受験しているんだろうと。
阿部が所属していたシニアのチームは、そのチームのブロックでは1番強かった。
どんなメンバーが集まるかも分からない新設の野球部じゃなくても、
もっと強いところの選択肢はいくらでもあったはずだ。
関東ベスト16に入った年にバッテリーを組んでいた投手を追って、
同じ高校に進学してもおかしくはなかった。
「ここ県立だし、余裕もできそうだから入るつもりだよ。
まあ受かったら、だけどね」
「……野球部入るんだな。そんならいい」
「それより明日の面接が余計緊張しそうだなあ」
「せいぜいトイレとお友達してろよ」
「阿部って結構ヒドイ」
西浦高校に合格したら、というのがやはり大前提条件なので、
ケーバンとメルアドをここで交換し、
合格発表の日に野球部で使うグラウンドで待ち合わせることにした。
西浦高校のウェブサイトにも合格者の受験番号は発表されるが、
やはり自分の目でちゃんと確認したかった。




そして、栄口はめでたく合格し、
阿部との待ち合わせ場所へと駆けている。





















春が近付くということは、世界の色調に華やかさが増すということで。
梅や桃、桜と芽吹き花開く木々の様を毎日追いつつ、季節が替わっていく。
阿部はグラウンドへの入口横のフェンスに寄りかかっていた。
息を切らして駆け寄ると、「遅ぇよ」とぽつり、呟いていた。
「ごめんっ。学校の集合時間何時だっけ、一度報告に戻んないとダメなんだよね」
「も少しは時間あっかな、……じゃねぇ!オメー受かったのかよ!」
「ああ、受かったよ、阿部もだろ?」
「じゃないとここにはいねーよ」
携帯で時間を確認しながら、笑顔で阿部は言う。
先程のメールの返事の際に、
まずは受かったことをきちんと伝えておけばよかったと栄口は思った。
阿部の抱えていた不安はかなり大きかったのだと思う。
新設の野球部に同中でシニア経験者の顔見知りがいるといないとでは、
気持ちの持ちようがやはり違うのだ。
まだ草茫茫のグラウンドをフェンス越しに眺めつつ、しばらく2人はその場にいた。
「……なんだかうれしいな」
「ああ?」
栄口がぽつりと呟いた言葉に阿部が疑問を返してくる。
「硬式野球部の始まりにオレ達が係わってるということがだよ。阿部はそうじゃない?」
「始まり、」
「そう、ゼロから始めていくんだよなあ、新しい仲間と出逢ってさ。
どんなチームになるんだろうな」
「また……始めること、できっかな」




阿部の声にこれまでにない重さを感じて、栄口は思わず顔を見てしまった。
真っ直ぐな視線はグラウンドに固定されたままで、
表情にはさほどの変化はないようだった。
もしかして阿部は何かの過去を振り捨てて西浦に来ようとしているのだろうか。
だとしたら、それは何だろう。
「大丈夫」
「……」
「大丈夫だよ阿部」
掌で背中を軽く数回叩いたら、阿部は安心したような、
照れくさそうな笑顔を栄口に向けた。
阿部はちょっと荒そうに見えるけど、実は思ったより繊細で、
案外不器用に生きているのかもしれない。




「なあ、栄口」
「ん?」
「明日っからグラウンド整備始めねーか?学校に話通してさ」
「いいね、早速合格者登校日の後からかあ。
入学式までにはここ、形だけでもどうにかしたいよね」
「マウンドもねーしな」
「そうだねえ、新しい投手も迎えるんだしね。そうそう阿部」
「何だよ」
「初対面の相手にはさ、もうちょっと穏やかに話しかけたほうがいいよ。
投手、初っ端から怯えさせたら困るだろ?」
「穏やかって……」
「最初は名まえも君付けするとかさ」
「はあ?何だそれ?」
「そりゃないか。とにかく開口一番怒鳴りつけるのだけはやめてくれよ、マジビビるから」
「……考えとく」
阿部は苦い顔をしていて、それが可笑しくてたまらなかった。




しばらくして阿部の携帯から何かのメロディが流れてきた。
「おし、時間。電車に間に合わなくなる、そろそろ戻らねぇとヤバイ」
どうやらアラームを設定していたようだ。
「じゃあ、行こうか?」
「おう」
2人は阿部は駅の方角に駆け出した。
視界から段々と遠ざかっていくグラウンドを栄口は振り返る。











そこは、始まりの地で。




高校球児として足を踏み入れるのは自分たちで。
過去のいろんなものを抱えたままでも、もしくは捨ててきていても、
再び新しい仲間と、先へ向かい始めていけばいい。




この先長い歴史を刻んでいくだろう西浦高校硬式野球部の、
大事な最初の第一歩となるはずだった。









END









どろさんから戴いた冬の御本のお礼に何か書かせてください!と申し出たら、
「栄口と阿部で受験の日の話」とリクを戴きました。
ありがとうございますっ。
設定が原作準拠となりますので、まずコミックスを読み返しました。
阿部は思ってることと実際言葉に出す分にギャップがありすぎる(笑)
1巻から4巻を栄口くんと阿部視点で読み返す読み返す。
そしてうちの娘が8巻をお友達に貸していた為、
アフタ切抜き(コミックス出ても捨てれません)から探してカレーの回を。
某モデル校の生徒募集要項も参考にさせていただきました。


今回「×」じゃなくてもいいよってお言葉をいただきましたので、栄口+阿部です。
「+」表記ではありますが、気持ち的にサカベです(あらどうしてなのかしら。笑)
最初、阿部視点で構想していって、実際は逆転させ栄口くん視点で書きました。


受験の日の話は他のサイトさまや同人誌などでも、
素晴らしい話がいろいろ書かれていそうですが、
月篠的な考察ではこうなったということでご容赦くださいませ。
リクを戴かなかったら、書くことはない話でしたので、
書かせていただいてうれしかったです。
本当にありがとうございました。
どろさんっ、これからも遊んでくださいね〜。





『ototo』さま
 
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2009.1.21 up