きっと光いっぱいの
おひさまの花







『おひさまの花』
(ゆうととフミキの物語)






小学生の夏休みは人生の宝物だと、
そう言ったのは誰だったか。








小学1年生の栄口ゆうとにとって、
小学校に入ってから新しくできた友達が水谷フミキだった。
幼稚園は違っていたが、同じクラスになり、
集団下校の班がたまたま同じになったことで一緒に遊ぶようになった。
最初に教室でちょっとしたケンカをしたのを覚えている。
お絵かきの時の太陽の色がケンカの原因だった。
フミキは太陽をみどり色の色えんぴつで描いたのだ。
太陽は赤色か、せめて黄色で描くものだと思っていたゆうとは
自分から彼に突っかかっていってしまった。
「赤いおひさまも好きだよ」とフミキは赤えんぴつを取り出し、
えへへと笑いながら白い紙の上にもう一つ太陽を描いた。
並んだ2つの太陽のように2人はそれから仲良くなった。




太陽の光はまわりのものすべてを焦がすように強くなって、
夏がやってきた。
夏休み。
長い、ながーい夏休みが始まった。





終業式の日にもらったゆうとの通知表には○がジグザグに並んでいたけれど、
それがいいのか悪いのかよくわからない。
お母さんは優しい笑顔でゆうとをたくさんほめてくれた。
蝉が一番早起きなのかもしれない。
朝からわんわん鳴いている。
近所の公民館、そこでの毎日のラジオ体操は弟をつれて行く。
ラジオ体操のカードは学校から違う絵のを2枚もらったので、
弟にまず好きなほうを選ばせた。
終わりの日にもらう、ごほうびのおかしが今から楽しみだ。
夏休みの宿題である「夏の友」はなるべく早めに終わらせよう。
工作はちゃんと作れるかな。
自由研究用にさつまいもを水につけている。
写真を撮って、観察日記を毎日つけるんだ。
芽が少し出てきてさつまいもが生きているのがうれしかった。
読書感想文用の本は学校の図書館から借りてきた。
けれどどう書いていいかよくわからない。
あとでお母さんに聞いてみよう。
絵日記は2枚だけ、何を書こうかな。




蝉は公民館の木でたくさん鳴いている。
虫取り網は昨年壊したので、今年は新しいものを買ってもらった。
でも本当はかぶとむしが欲しいなあと思っているのはないしょだった。
だって蝉はあんまり長くは生きていないから。
麦わら帽子は「似合う」とまわりの大人からはよく言われるけど、
ゆうとが持っているのはお姉ちゃんのお下がりで、
ピンクのリボンが巻いてあるのがちょっとだけイヤで、あんまりかぶりたくはなかった。
帽子といえばやっぱり野球帽だろう。
お父さんから買ってもらった赤い野球帽は宝物だった。
今はまだ小さくてキャッチボールくらいしかできないけれど、
もう少し大きくなったら学校の野球チームに入るとゆうとは決めていた。
お盆にはおばあちゃん家に行く。
かぶとむしは取れるかな、魚釣りはできるかな。
毎日朝10時までは宿題をがんばること。
その時間までは友達の家にも遊びに行けないことになっている。
学校の決まりだった。
エアコンはお昼近くになってから。
流れる汗はきらいじゃない。
扇風機に向かって声をだす。
わわわと響く声が面白い。
ソーダ味のアイスは大好きだった。
今日のお昼はひやむぎがいいな。
つゆが入ったガラスの器に氷が揺れる。
ピンク色のはお姉ちゃんのもの、緑のは弟とわけるんだ。
友達とのゲームの通信対戦は1日30分まで。
姉弟3人で一つのゲーム機を持っている。
持ち運びができるそれは、白い色をしている。
今日はお姉ちゃんが使う日だった。








夏休み。



降り注ぐ蝉の声。
青い空に大きく広がる入道雲。
風鈴の音はとても心地良い。
花火の持つ鮮やかな光がどきどきするほど好きだった。



夏休み。
まだまだ長い夏休み。



午後には学校のプールに行くと、フミキと約束をしていた。









玄関のチャイムの音にドアを開けたら、にこにこと笑ったフミキが立っていた。
自分の背丈より大きな、顔の幅より大きな花のひまわりを持っていた。
茎は1センチ以上はあるだろうが、切ってすぐではないらしく、
頭を垂れたその花は元気がないように思えて……、
何故だろう、とても悲しくなってしまった。
「ゆーと」
「……花が、かわいそうだ」
俯いてゆうとはそう呟いた。
フミキの顔は見れなかった。




しばらくフミキは黙ったままでいたが、やがてすすり泣く声が聞こえた。
悲しい気持ちは増すばかりでゆうとはどうしていいのかわからなかった。
人を傷つけるということがどういうことかわかるには、まだゆうとは幼すぎた。
これから少しずつ学んでいかなくてはいけないことだった。
だが突然にわき上がった悲しい気持ちに支配されていて、他のことは考えられなかった。
フミキが持っている大きなひまわりの花。
切らなければまだまだ太陽に向かってこの花は元気に咲いていたことだろう。
虫かごの中で死んでしまった蝉を前にした気持ちとそれは同じだった。
水着バックを背負って、ひまわりの茎を握り締めたままフミキは泣いている。
ぽろぽろと涙をこぼす。
空いたもう片方のてのひらで拭う。
「ゆーとに、」
「うん」
「ゆーとにこのおっきなお花、見せたかったんだ。
前におひさまみたいで好きだって言ってたよね」
「うん」
「ちょっと遠いトコだけどずっと見ていたら、
ひまわり畑のおじさんが持っていっていいよって、切ってくれたんだ」
「……」
「でも切っちゃったら枯れていくばっかだよね。
オレ、このお花、殺しちゃうのかなあ……」
ゆうとはひまわりの太い茎を、フミキの手に重ねて握る。
花は切ったら死んでしまう。
そう思うと辛くて辛くて悲しくて。
2人ともその場にうずくまって、わんわん泣いた。




あわててお母さんが玄関まで駆けてきた。
「フミキくん、上がんなさい。ほら、ゆーとも」と言われて、
まだぐずぐずと泣きながらひまわりごと手を引いて、
フミキと家の奥のダイニングまで進んだ。
手を洗ってテーブルに着く。
プールは明日行くことにした。
お母さんがカキ氷を作ってくれた。
いちごのシロップと練乳をかけて、口に放り込むとしゃりしゃりと音がする。
あまい味が広がるけれど、涙は止まらなかった。
フミキは泣き止んで、カキ氷をもくもくと口に運んでいる。
花は水の入ったバケツに浸けられている。
少しは元気になるかなあ、まだ生きていてくれるのだろうか。




「ありがとうは言ったの?」
ゆうとは顔を上げてお母さんを見た。
「フミキくんはゆーとに喜んで欲しくてあのひまわりを持ってきたのよね。
花も、フミキくんのその気持ちも、ゆうとはちゃんと受け取らなければダメよ」
「……でも、」
「もらったひまわりは他の畑の花よりも短い時間しか生きられないかもしれないけど、
その分フミキくんとゆうとから『大好き』という気持ちをもらえて、
きっと他の花より幸せになれるんだとお母さんは思う」
フミキも食べる手を止めてお母さんを見ていた。
「そ、そうかなあ?」
「うん、お母さんがもし花だったらそう思うかな」
ゆうとはフミキのほうを向いて言った。
「お花、ありがとう」
フミキはいちごのシロップのせいか赤い口をして、うれしそうに笑っていた。
ひまわりがあるバケツにゆうとは近付く。
屈みこんで花を見つめる。
「幸せにしてあげるからね」と小さな声でゆうとは言った。





夏休み。




今度はそのひまわり畑に2人で行こう。
歩いて歩いてたくさんのおひさまの花たちに会いに行くんだ。
水筒もおやつも持っていく。
虫取り網も虫かごも、そしてやっぱり似合うのは麦わら帽子かな。






ゆうととフミキにとって、
まだ始まったばかりの夏休みだった。



何もかもがきらきらと輝く、
小学生の夏休みだったのだ。










END






どろさんへ捧げます。
いただいた夏の本のお礼でございます。
子さか(小学校低学年)リクエストありがとうございました!
その年代のキャラの創作をするのは初めてで、
大変緊張いたしました。
一応パラレルとなっています。
が、ゆうとが大きくなる頃には、
もうお母さんはいないんだなあと思うと切ない。
どうしてこう切ない成分が入ってしまうのか自分でも謎です。
ほんわかした話は書けないのか(笑)

*

「なにかリクエストはないですか?」
「子さか書いてください!」
「子ふみはどうしましょうか」
「どっちでもいいです!」(←ひどい)

上記はどろさんとのメールのやりとりより。
あえて突っ込みは入れませんでしたが、
子さかと子ふみの愛情の差がありますなあ(笑)


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2008.8.26 up