『腕』






すべては、風のせいか。
何か失うものでもあったのか。








晴れてはいたが、冬の校舎の屋上には風が音をたてて吹いていた。
給水タンクの陰に水谷と栄口はいる。
ごう、と鼓膜を通り過ぎた音があった。
あまりの風の強さに水谷は両腕で顔を覆った。
柔らかめな髪はあちらこちらに跳ねているだろう。
目にゴミが入って涙目になってしまうことがよくあるので、
風が治まるまでは目を瞑って腕でガードしておきたかった。
「水谷」
栄口が自分の名をいつもよりは半音ほど高めの声で紡いだ。
「強いね、風」
それだけを返した。
風の連れて来る寒さに屋上には自分達以外には誰もいなくなっていた。
校舎の中に戻ろうとでも言われるのかと思った、
その瞬間。



腕には栄口の手の感触があった。
ただ掛かるだけではなく、手には徐々に力を入れられた。
栄口の意がよく分からない。
自分のこの腕を引き剥がそうとしている気がする。
もしそうだとしたら、何故だろう。
「どしたの」
腕を下ろして笑顔で栄口の方に向き直る。
手は離されないままで。
自分の腕は掴まれたままで。
目が合って、水谷は真っ直ぐな栄口の視線を受け止めた。



そんな風に見つめられたら、
愛しさだけが心いっぱいに増していく。



水谷は身体を寄せて、空いている方の腕を栄口の背にまわした。
未来永劫どこまでも、栄口の何もかもをこの腕で包み込みたいと
そんな大それたことを思ってはいるのだけれど。
栄口を好きだという気持ちだけを持っている自分。
究極のところ一番大事なのはその気持ちなんだと最近分かりかけてきた。
他の何を失っても、気持ちさえ残れば。
見つめ合ったまま更に顔を近付けた。
栄口は目を静かに閉じていく。
大好きな栄口の顔、その額に水谷は唇をゆっくりと下ろした。



目を開けて、ぱちぱちと大きく瞬きを栄口はしている。
手は離されていたので、今度は両腕で抱き寄せた。
「おでこ、かーわいー!」
「な、なんだよっ」
頬をほんのり赤くして、掌で額を押さえている。
何故だろうか、拗ねているような様子の栄口だった。
笑っていても怒っていても、どんな栄口も大好きだった。
しばらくはこの腕の中に栄口を置いておきたくて、
逃げられないように水谷は腕に力を込めた。






2人はそのまま、暫し風の中にいた。



冬の日の、青い空の下だった。





END







『顔』の水谷視点です。
どろさんに捧げます。いっつもいろいろありがとう!

ミズサカでこちゅーが書けて、幸せでした(笑)


『ototo』さま
 
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2008.1.14 up