『顔』






ふと水谷が、全然知らない人の顔をしているような気がした。
どんな顔をしているのか、栄口の記憶の何処かが欠け落ちていた。







晴れてはいたが、冬の校舎の屋上には風が音をたてて吹いていた。
給水タンクの陰に2人はいる。
ごう、と鼓膜を通り過ぎた音があった。
水谷を見ると腕を上げて顔を覆っている。
ここからは表情が見えない。
いつも自分を見つめているその瞳がどんなものだったのか、
それは絶対に忘れてしまってはいけないもののような気がしている。



すべては、風のせいか。
記憶までも攫っていったのか。



「水谷」
栄口は声を掛けたが、その後が続かなかった。
顔を見せてと言いたかったのだが、
いざ言葉にしようとすると恥ずかしくなってしまった。
「強いね、風」
水谷からの声は届いたけれど、その顔は見れない。
思わず彼の腕を掴む。
そして手に少し、力を入れた。



「どしたの」
風に髪を揺らして目を細めてふわり、笑っていた。
笑顔は水谷の持ち物で、栄口はその顔が好きだった。
記憶に再度残すために彼の顔を栄口は見つめ続ける。
水谷が身体を寄せて来て、整った顔立ちが近くにあった。
掴んだ腕は既に下ろされているのに離せない。
背中にもう片方の腕がまわされても離せなかった。
見つめて見つめて、角膜が刻み込んだ笑顔と、
彼を大好きな、この気持ちを失くさないようにしたい。



水谷の顔が、更に近付く。



こうして今傍にいる幸せをただそれだけを感じながら、
栄口は目を閉じた。





END









「ototo」のどろさんの日記でふみ誕として描かれていたイラストを見て、
どろさんの「風の中の水谷」というコメントを読んだ時にぽんと頭に浮かんだ話です。
「なんか書けそうだ」とお伺いをたてたら、
「書いたらいいよ!」と返ってきたので(笑)書いちゃいました。
どろさん、ありがとうございました!
水谷の誕生日にミズサカを書いてなかったので、
意識の底で何か書きたかったのかもしれません。
水谷視点の『腕』とセットになっています。


『ototo』さま
 
どろさんの素敵サイト「ototo」(ミズサカミズ)は
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2008.1.13 up