巣山の家では
今までねこを飼ったことがなかった。
今も飼っているわけではない。



なのに何故だろう。
家に可愛いねこが居る。








『ねこねこものがたり 2』
(巣水ですが、水谷は女子です。ご注意ください)










ねこはこたつでまるくなる、と歌いたくなるような、
冬の寒い日だった。



学校の屋上にも冷たい風が吹いていて、
余程のいいお天気の日ではない限りは昼食も取りにくい。
だからだろうか、いつも纏わり付いてくる水谷という名の、
寒い日が続いているというのに制服の短めスカートを穿いたねこが、
最近はオレ、巣山の周りにあまり現れない。
クラスが違うこともあり、見かけることも少なくなった。



たまに廊下などですれ違うと、小走りで寄って来ては
小さな可愛らしい声で「にゃあ」と鳴いて、
少し丸めた手でオレの坊主頭を撫でていく。
自分の存在は忘れられた訳ではないようで、それには少し安堵した。





例えれば、水谷は白いねこ。
ふわふわな毛を揺らして駆けて来る。



ねこは気まぐれ。
なかなか傍に居て、笑ってはくれない。
もしも「傍に居て」とでも言ったら、どんな反応をするだろうか。
ただ「にゃあ」と鳴くだけだろうか。







風がやけに強くて、帰宅時にちょうど向かい風で、
寒さで自転車を漕ぐのがやけにしんどかった今日だった。
身体も少し重く感じて、風邪の引き初めだろうかとも思う。
「ただいま」と声をかけつつ玄関を潜ると、
「おかえり」と居間のあたりから祖母の声がする。
しばらく前から畳敷きの居間には炬燵が出ており、
温まりつつ少し祖母と話をしてから自分の部屋に上がるかな、と思いながら、
居間を覗くとそこには祖母と、ねこが居た。



「すーやん」



もちろん本物のねこではない。
本物のねこは笑顔でオレの名前を呼ばない。
言葉も出なくなって呆然としてしまう。
炬燵で祖母の好きなほうじ茶と蜜柑をいただいて
うれしそうにまるくなっていた水谷が、
身体を起こすとカバンの中から1冊のノートを取り出した。
昨日オレが貸した、古典のノートだった。
「お、お前。確かにすぐ使うって言ったけど…、
今日会えなかったらもういいかと思ってたんだよ。
わざわざ返しに持って来てくれたのか?」
にっこり笑顔で水谷は肯定する。
なんの曇りもないような瞳で、じっとオレを見つめてる。
「……ありがとう。勉強少し見てやるから、オレの部屋寄ってけよ」
というと小さな声で「にゃあ」と鳴いた。
「尚ちゃんの彼女なの?」
祖母の問いに一瞬固まる。
「あー、えーと……」
友達でもなく恋人でもなく、言うなればやはり彼女はねこで。
だが「オレのねこなんだ」と答えたらそれはやっぱまずい気がして、
「まあ、……そんなものかな」
とりあえず笑ってそう答えを返してみた。




「迷惑だったら……ごめんな」
両腕いっぱいに蜜柑を抱えた水谷に、
2階のオレの部屋に上がると同時にそう言った。
彼女はそれには答えを返さず、座り込むとオレの部屋をぐるりと見渡している。
少し眠いのか、袖口で目をこする。
ああ、その仕草は本当にねこのようで。
しかしどうも言いたいことは通じてないようで、更に問うてみる。
「お前のこと、『彼女』って言っちゃったけど、
それでよかったのか?」
水谷はこちらをじっと見て、見て、そして蜜柑を床に置いて近付いてきた。
「お、どうした?」
えへ、と表情を崩して笑い、そして水谷は頬を赤らめながら言ったのだ。



「すーやん、すき」



ああ、そうか。そうだな。
オレもこの目の前で笑う可愛いねこが好きなんだな、と思う。
何故だかほわりと身体が温まった。
2人でいるときっとどこまでも暖かいだろう。
寒い冬も乗り切れそうだった。
「じゃあ水谷、お前今からオレの彼女でいいんだよな」
ふわふわの髪を撫でたら、気持ち良さそうに頭を摺り寄せてくる。





頬はまだ赤いままで、オレのねこは「にゃあ」と鳴いた。











「ソラタカク」寺脇さんの2007年のお誕生日に
送りつけたSSです。
もしかして来年もこれだろうか(笑)







back

2008.1.6 up