何色の花が咲くのだろう。










『種 1』










ある朝、阿部君の頭に葉っぱが生えていた。
季節は朝晩が寒くなりかけた秋の初めだった。
高校生になって2度目の秋だった。




「それ……なに?」
朝練習前のグラウンドでオレ、三橋はバッテリーを組んでいる阿部君の頭に生えている、
割と大きめの二つの葉を指差して言った。
「ああ、……お前には見えるんだな。
どうもオレな、上手く光合成ができてないようなんだ。
だから太陽の光を十分に受け入れるように葉が生えてきたみたいだな」
「へ、へえ……」
いつから阿部君は植物になっちゃんたんだろう。
辺りを見回しても、他の皆の頭には何にも生えていないようだった。
それどころか、阿部を見て動じる気配もまるでなかった。
もしかして「葉」が見えているのは自分だけかもしれない。
ちょっとばかり血の気が引きつつ固まっているオレに向かって、
阿部君は大きな溜息をついた。
「あのなあ、光合成は冗談だからな。本気にすんなよっ」
「そ、そうだよね!驚いたあ」
「……食べたんだ」
「へ?」
阿部君は至極真面目な表情でオレの方を見て言った。
「種を、食べたんだ」
「阿部、君」
「食べたから葉が生えたんだ、それは事実だからな」
何故食べたの、何の種なの、とは訊けなかった。
出逢って1年半ほど経とうとしているのに、
上手く声にできない気持ちがいつももどかしい。
花は、……咲くのだろうか。








昼間の長さが短くなるのに反して、
阿部君の頭の双葉は四葉になり、茎は段々と伸びていった。
伸びた茎と何枚もの葉を器用に畳んで(ちゃんと元に戻るそうだ)
帽子に入れ込んでいく阿部君をオレはじっと見ていた。
「あんま、見んなよ。まあお前にしか見えないみたいだからいっけど」
照れている阿部君が大好きだった。
葉が生えてなくてもオレはずっと阿部君を見てしまうよ。








風がずいぶんと冷たくなってきた頃、
30センチほどの長さで茎の成長は止まり、やがて小さな蕾をつけた。
今日の蕾はもう先が開きかけている。
オレは部活終了後のコンビニで阿部君にこっそり言った。
「どんな花が咲くのかなあ、咲くところが、見たいなあ」
「……咲く瞬間が見たいか?」
「うん」
「今夜あたり咲きそうだな。……オレん家、来るか?」
「うん!」




その夜、阿部君の部屋で花が咲く瞬間を待っていた。
2人向かい合って両手を繋いで。
花が、開く。
それは細い花弁がたくさんついた白い花だった。
阿部君の花。
阿部君以外には自分にしか見えない白い花が、
オレは愛しくてたまらなかった。








秋の終わりと共に花が散り、葉もすべて枯れてしまった時には
悲しくて泣いてしまった。
終わりがないものなんかないのだと分かってはいたのに。
泣いているオレに阿部君が差し出したものがある。
掌に乗っているのは小さな薄緑色の種だった。




「食べてくれ」
「え?」
「あの花から、種が取れたんだ」
「阿部、君……」
「お前が何色の花を咲かせるのか、それを見ていたい」




オレの咲かせる花は、きっと阿部君にしか見えないはずだ。
もしオレの頭に小さな芽が出て、葉が生えたら、
その様子を阿部君はずっと見つめていてくれるのだろうか。
育っていく「好き」という気持ちをきっと受け止めてくれるだろう。
とても幸せなことなのではないだろうか、それって。
小さな小さな種を指先で摘んでオレは見つめる。
勇気を出して、オレはその種を口の中に放り込んだ。









果たして、何色の花が咲くのだろうか。
















「ototo」のどろさんトコの絵板で、
頭に葉っぱが生えている可愛い子フミキを見てから、
突然湧き上がった変な妄想の産物です。

何故だろう、
オカルトにはならなかったよ(笑)










2008.10.5 up