大好き、大好き、泉。










『涙玉(なみだのたま)』










静かな、静かな夜だった。
雪が舞い降りている、冬の寒い日だった。





オレ、浜田の家に泊まりに来ていた泉が
夜中に独り起きて座り込んでベッドの中で泣いていた。
声を殺して、泣いていた。
「泉」
横になったままだったけど、オレは泉に声をかけた。
「……」
「泉、どしたの?」
「…気にしねーで、寝てろ」
そう言われても、ほら、やっぱお付き合いしてる可愛い子が
夜中に泣いてたら気になるよ。うん。
胸がぎゅっと切なくなるよ。
「独りでなんか、泣かせないよ。泉が寝ないんなら、オレも起きてる」
「ばぁか」
「ばかじゃないよ。ほんと、どうしたの?」
「……」
「オレに話せない?話したら楽になっかもよ?」
「オメーだから、話せない」
え。それって余計気になるじゃんっ。
オレは掛け布団を泉にすっぽりと被せて、起き上がった。
部屋の明かりをつけた。
そしてその掛け布団を捲って、泉の傍に座り込んだ。
泉の泣きはらした瞳はひどく赤くて、見てるだけで胸が痛くなる。
「ね、話して。なんで泣いてんの」
「……やだ」
「話してくんないと、キスしちゃうよ。鼻詰まってっと苦しいぞ」
「!!」
上目遣いで睨まれたが、気になるもんはしょうがない。
それでも黙り込んだままだったので、
ちゅ、と軽く音をたてて涙で濡れた頬にキスをする。






大好き、大好き、泉。
その大きな瞳から
涙の粒が転がり落ちていくよ。






「失くした…んだ」
か細い声で、泉はそう言った。
「え?何を」
「失くしちゃいけないものだったのに、失くしたんだ。ごめん」
なんでそこで謝られなきゃならないのかが、全然分からなかった。
「何を失くしたの」
「ビー玉。空の」
「ああ、知ってる。泉が持ってた3センチくらいのでっかいヤツ!
覗けば綺麗な青空が見えるんだよな」
「せっかくオメーからもらったのに」
「…ちょっと待った」
泉は嗚咽を堪えながらもオレのほうを向いてまた「ごめん」と言った。
「オレはそのビー玉、お前にあげてないぞ。つーかそんなん持ってねーし」
「あれはオメーの空なんだよ」
「言ってる意味が分かんねー」
「オメーの投げた、最後の試合の時の空を閉じ込めたんだよ」
「……泉?」
泉が何を言っているのか、よく分からなかった。
日本語なのに、日本語として意味が繋がっていないような気がした。
「あの空を見て、泣いて泣きすぎてしまったから
涙が空を閉じ込めてしまったんだ。…ずっと大事にしたかったのに」
「……」
「あの空は二度と帰ってはこないのに…投げる姿はもう見れないのに」





大好き、大好き、泉。
涙の粒がぼろぼろと
転がり落ちていくよ。





オレは泉を包み込むように抱き締めた。
頭もよしよしと撫でた。
「言ってる意味がよく分かんねーけど、…泣かないでよ」
「だってっ…」
「オレにとっては今が大切だよ。もしずっと投げ続けて居られたら
今、泉とこうしてはいられないかもしれないよね」
泉は何かを言おうとしたが、言わせないまま2度目のキスで
その言葉を奪い取った。
ほんとなんだ。
大切なのは過去ではなくて、今、なんだよ。





大好き、大好き、泉。
涙の粒が…。





ふと思い至ることがあって、泉の身体を離す。
その細い肩は両手で掴んだまま。
「じゃあさ、泉。もしかして、今泣いてんのが玉になったりすんのか?」
「ごめん…」
慌てて見渡すと、いくつかの大きいビー玉がベッドの上に散らばっている。
漆黒の色をしたビー玉。
それは涙がまた空を映して、玉になったのだろうか。












ひとつ手にとって覗くと、
ビー玉の中、その漆黒の闇の中で雪が静かに舞っていた。













END







霧花さんのサイト「いつか、何処かで」の
サイト開設1周年企画のリクエスト、お題「失くしもの」に
「浜田から昔もらった空を閉じ込めたようなビー玉を、泉が失くした話」を
リクエストさせていただきました。
その時に、「月篠さんの話も読んでみたい」とレスをいただきまして。
自分だったらどんな話になるのかな…っと思って出てきたのがこれ(笑)
パラレルでございます。
(霧花さんには喜んでいただけたので、よしとしましょう)

霧花さんには正統派の、もううわーんと叫んでばたばたしてしまう位の
素敵な泉のお話を書いていただきました。
ありがとうございました!!


『いつか、何処かで』さま

霧花さんの素敵サイト「いつか、何処かで」
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2006.10.16 up