『実』








ある朝、阿部君の頭に小さな西瓜が生っていた。
季節は朝晩が寒くなりかけた秋の初めだった。
高校生になって2度目の秋だった。




「それ……なに?」
朝練習前のグラウンドでオレ、三橋はバッテリーを組んでいる阿部の頭に生っている、
掌に乗るくらいの小さな西瓜を指差して言った。
「ああ、……お前には見えるんだな。
どうもオレな、自給自足が大事だなあと思うようになってな。
頭に家庭菜園を作ってみたんだ」
「へ、へえ……」
いつから阿部くんは畑になっちゃんたんだろう。
辺りを見回しても、他の皆の頭には何にも生えていないようだった。
それどころか、阿部を見て動じる気配もまるでなかった。
もしかして「西瓜」が見えているのは自分だけかもしれない。
ちょっとばかり血の気が引きつつ固まっているオレに向かって、
阿部君は大きな溜息をついた。
「あのなあ、家庭菜園は冗談だからな。本気にすんなよっ」
「そ、そうだよね!驚いたあ」
「……食べたんだ」
「へ?」
阿部君は至極真面目な表情でオレの方を見て言った。
「種を、食べたんだ」
「阿部、君」
「西瓜を食べて、一緒に種を飲み込んだんだ。それは事実だからな」
どうしてそれで頭に西瓜が生るの、とは訊けなかった。
出逢って1年半ほど経とうとしているのに、
上手く声にできない気持ちがいつももどかしい。
ちゃんと、……出来た実は食べられるのだろうか。








昼間の長さが短くなるのに反して、
阿部君の頭の親蔓は更に伸び、子蔓の数も増えていった。
伸びた蔓と3つになった西瓜をそれは器用に、
帽子に入れ込んでいく阿部君をオレはじっと見ていた。
「あんま、見んなよ。まあお前にしか見えないみたいだからいっけど」
照れている阿部君が大好きだった。
西瓜が生ってなくてもオレはずっと阿部君を見てしまうよ。








風がずいぶんと冷たくなってきた頃、
蔓の成長は止まり、生っていた実も大きくなってきた。
重くはないのかなあと思う。
実が生る前に黄色い花が咲いたそうだけど、それは見れなくて残念だった。
オレは部活終了後のコンビニで阿部君にこっそり言った。
「これ、食べられるの?」
「……食べてみっか?」
「うん」
「普通の西瓜のように大きくはなんないだろ。……オレん家、来るか?」
「うん!」




その夜、阿部君の部屋で実をまずはひとつだけ採った。
果物用ナイフを部屋に持ち込んで2つに割った。
小さいけれども実の中身、その果肉は赤くて美味しそうだった。
種も数粒入っている。
阿部君の実。
阿部君以外には自分にしか見えない果実が、
オレは愛しくてたまらなかった。








秋の終わりと共に茎が萎れ、葉もすべて枯れてしまった時には
悲しくて泣いてしまった。
終わりがないものなんかないのだと分かってはいたのに。
泣いているオレに阿部君が差し出したものがある。
掌に乗っているのはさして大きくはない白に近い色の種だった。
それは西瓜の種だろうか。
西瓜の種は黒くはなかっただろうかと、ちょっとオレはぐるぐるしている。




「食べてくれ」
「え?」
「これは南瓜の種なんだ」
「阿部、君……」
「お前の頭に南瓜の実が生るかどうか、それを見ていたい」




オレの頭に生る実は、きっと阿部君にしか見えないはずだ。
もしオレの頭に小さな芽が出て、実がなったら、
それが大きくなる様子を阿部君はずっと見つめていてくれるのだろうか。
育っていく「好き」という気持ちをきっと受け止めてくれるだろう。
とても幸せなことなのではないだろうか、それって。
楕円形の種を指先で摘んでオレは見つめる。
勇気を出して、オレはその種を口の中に放り込んだ。





果たして、頭に南瓜の実が生るのだろうか。










END









すみません遊びました。(笑)









2010.2.21 up