『種 8』
(2009年12月19日浜田お誕生日記念SS)







冬至に向かい夜は昼の時間を日々侵食していって、
どこまでも深いだろう夜闇が空を覆いつくしている。




視界が霧に覆われているように感じるのは、
いつまでも浜田の身体に残っている微熱のせいなのではないかと思う。
喉の渇きを潤すために泉の合わされた唇から流し込まれたポカリには、
小さな何かの粒が入っていた。
違和感にはすぐに気がついた。
決して薬の類ではないということも。
きっとその、正体も。
問おうとしたら、再度唇は泉の同じそれで塞がれてしまう。
浜田は泉の唇の甘さの方をより欲していたので、甘んじて受け入れた。
「……まだ、足りない」
熱と火照りを抱えたままで、離れていく泉を引き寄せたくて両腕を伸ばした。
スタンドライトの小さな灯りでも確認できたのは泉の赤く染まった頬。
自分で飲めと言わんばかりに泉はペットボトルを浜田に押し付けると、
ベッドの中に、泉専用に用意されている羽毛の掛け布団に潜り込んでしまった。
「泉くん、あの、」
「明日も早いんだよオレはもう寝る」
畳み掛けられるように言葉は被せられて、
言いたいことが熱に溶けて消えてしまいそうになる。
実際次に浜田の口から飛び出したのは明らかに違った言葉だった。
「ああもうこんなうれしいことされちゃったら、
このまま襲いたくなるんだけど」
「くだらねーこと言ってねーで、さっさと寝ろ。病人だろうが」
その後沈黙を投げつけたようにその場は静かになった。




浜田は上半身を起こし、泉を示す大きな丸い布団の塊を見つめている。
このまま睡魔を引き寄せて眠りに落ちていくのか。
泉は自分に何も語らないつもりなのか。
種を浜田の喉に落とし込んだままで。
浜田が最初に野球部に持ち込んでしまった種が、
どこをどう巡ってきたのか再び自分の元へと戻ってきた。



その、種を。







夏の終わりに現在3年の元クラスメイトから、
「面白いもんがある」ともらったのが数粒の種だった。
植木鉢を買って植えるかなと返した浜田に、
植えるじゃなくて食べたら頭に花が咲くのだと、
笑いながらその元クラスメイトは言ったのだ。
想い合っている奴なら、その頭の花が見えるらしい。
泉に渡したいとも思ったが、とんでもなく嫌がりそうだったのでその時は諦めた。
浜田は後に一粒だけは自分の手元から手放すのだが、
それがどう回りまわって戻ってきたのか。
ベッドの脇にある小さなテーブルに置いてある財布の中にまだ種は残っている。



泉が種を口移しという形で浜田に飲ませたのは、
浜田の花を見たいと思っているということだろう。
純粋にそのことが浜田にはうれしかった。
高校で再会し、幼馴染から更にその先へ2人の関係は進んではいたけれど、
泉の態度に取り立てて大きな変化はなく、気持ちが掴めなくなっていた部分もあった。
自分はどんな花を咲かせるのだろう。
その花は泉には見えるのだろうか。
「見せたい」という気持ちも「見たい」という気持ちも、
どちらも浜田は持っていた。
自分の花も見せたいし、泉の花も見てみたかった。
泉が持ってきたミネラルウォーターのキャップを開ける。
薄暗い中で財布から種を取り出す。
「泉」
想い人の名を呼んだ。











水と共に流し込んだ種が喉を通ったことに気がついたのか、
泉の表情には驚愕が現れていた。
「お前、……どっから、」
「なーいしょ」
種の出所は内緒にしておきたかった。
何も言わなければ勝手に推察するだろう。
泉が持っていた種は、三橋か田島からもらったものだろうか。
だとすると野球部の中にかなり広まっているのかもしれない。
ちゃんと渡せたのなら、よかった。
渡せない予感を抱えつつ、浜田は以前に種を一粒だけ手放したのだから。
この種は自分の手の中に存在しているだけで、
自分の抱えている想いと否が応でも向き合わなくてはならないようだ。



「ごめん……」
泉はそれだけの言葉を発すると、口を引き結んで横を向き、
寝返りを打ってベッドの端で丸まっている。
自分のしたことの罪悪感に囚われているのだろうか。
腕を掴んでベッドに横たわったまま泉を引き寄せると、
今にも泣きそうな顔をしていて浜田は切ない気分になる。
「オレの花を見たいって思ってくれたんだろ?オレ、うれしーよ?
だからオレも泉の花を見たくなったんだ」
「……もし、花どころか葉っぱも見えなかったらどうすんだよ」
「それでもいいよ」
浜田は即答した。
未だ浜田の方をちゃんと見ようとしない泉の、
さらりと流れる黒髪を何度も何度も梳きながら。
「オレがお前を好きな気持ちはそれでもなーんも変わんないし、
お前が好きでいてくれることもちゃんと知ってっから、それでいいんだよ」
「浜田」
「おいで」
浜田が手を差し伸べると、泉は黙って懐に潜り込んできた。
ぎゅっと抱きしめてもおとなしくしている。
感じる体温が大変に心地よい。
「オメー、まだちょっと熱い」
「泉くんが好き過ぎて熱を生産してしまうのかもしんないなあ」
「バーカっ」
「そんな泉くんが本当に好きだよ」
「うるさいうるさいっ、早く寝ろよ!熱下がんねーぞ!」
語気はいつものように荒いが声量は落とせるだけ落とされていて、
そんなところに泉の気遣いが感じられて浜田は更にうれしくなる。
あまり心配はさせたくないので、
明日には熱も下がっていればいいなと思いながら浜田は「おやすみ」と声を落とす。
しばらくして囁くほどの小さな声で「おやすみ」と返ってきて、
それが浜田にとっての幸せを感じさせていた。







花は咲くだろう。
芽が、葉が出て茎が伸び、やがて蕾をつける。
一つの花が育つ過程で、さらに互いを見つめていければいい。
花が終わって種が取れたら、
今度は試しに植木鉢に一度植えてみたいとも浜田は思う。
花は咲くだろうか?
それとも咲いても見えないのだろうか?



考えて笑いそうになるのを堪えつつ浜田は目を閉じる。
泉の暖かさを間近で十分に感じながら、再び眠りについた。













浜田、お誕生日おめでとう!

※ここまでの種の行方

浜田→(  )→阿部→三橋→田島→花井→水谷→栄口
              ↓
               泉←→浜田






2010.1.11 up