『種 6』
(2009年10月16日田島お誕生日記念SS)









「楽しむ」ということは、一種の才能だと思う。





「花井っ、ほら写メるよ!こっち向いて!」
そばかすの残る顔、満面に笑みを浮かべて田島はオレ、花井の前にいる。
その頭には黄色の花が咲いている。
段々と寒さを増していく初冬の夜も更けた時間に、ここは田島の部屋で。
オレの頭にも薄紫色の花が咲いているようなのだが、
まだちゃんと鏡で確認はしていない。
「……お前はっ、カメラでこの花が写るなんて本気で思ってんのか?」
「そんなのやってみないと分かんないじゃん。思いついたからやってみる、
ダメならダメでいいよ。だから花井、顔背けないでこっち見て」
「いやだ」
オレはくるりと田島に背を向ける。
別に自分の顔がなくても花の写真は撮れるだろうがと言葉をその辺に放り投げた。
シャッター音だろう、軽やかな電子音が小さく響いて、
直後に田島の「ちぇ〜〜」というそれは残念そうな声が聞こえた。
「……やっぱダメだった」
「まあ、そうだろうな」
「花井の坊主頭しか写ってない」
「それが普通だ」
「うにゃ〜」
写真は元より、花を切り取ってドライフラワーとか押し花とかも、
結局は枯れてしまいできないような気がしている。
田島は芽が出て葉が出たと喜び、同じようにオレの頭にも生えたと喜び、
茎が伸びて葉が増えて蕾をつけてとその課程のひとつひとつに楽しむ様子が窺える。
まるで観察日記でもつけかねない勢いで、オレは苦笑してしまう。
野球に対しても小さい頃からきっと、
そんな風に楽しんできたんだろうなと思うとうれしかった。
自分ももちろんそうだったからだ。




不思議な種だった。
田島が三橋からもらったという小さな種は、
その田島によってオレの体内に送り込まれてしまった。
休憩時の麦茶に入れるというたいしたひねりのないものではあったが、
ともかくオレは違和感を感じながらも種を飲み込んだ。
そして芽が出て葉が出たところでオレは頭上の存在にやっと気がついたのだった。
頭に双葉が生えている、それを見たときの驚きはちょっと言葉では言い表せない。




「とにかく鏡を見せろよ、持ってんだろ」
「ん、ニーチャンのツマからまあるいおっきな手鏡を借りてきた。
『何故鏡を使うの?』と訊かれたからさ『ハゲがないか探す』って言っておいたけど変?」
「変だな」
「花井だとすぐ探せそうなんだけどなー」
「ひゃあ」
田島はそこでオレの頭をつるりと撫でたので、思わず変な声が出てしまった。
「お前なあ」
「ニシシ」
脱力し溜息をオレは吐きつつも、
目の前で何故かはね回る田島を可愛いと思ってしまう。
出会ってからは2度の夏を越した。
田島が巻き起こす数々の所業には、
主将としても想いを寄せる相手としてもさすがにもう慣れてきていた。




田島の部屋に冬になると出現するコタツに入り、手鏡を受け取って、
腕を伸ばし映る範囲を調節しながら頭に生えている花を確認する。
長身の自分には些か不似合いな細くいくつかに分かれた茎と小さめの花を数個つけていた。
花の色は薄紫色だ。
田島は小さいながらも向日葵の一種らしい黄色の花を太い茎、
大きい葉と共に生やしていて、それがとても本人に似合っている。
三橋の頭に咲いたひとつの花から取れた種なのに、
違う花が咲いているのにも驚きだった。
しばし鏡を眺めていたら、後ろから田島が抱きついてきた。
「なあ花井」
「ん?」
「やっぱ写メって撮れないのかなあ」
言いつつ田島が飼っているネコのようにうにゃあと鳴いていた。
そこにえらく拘るなとは思う。
「誰かに撮った写真を見せたかったりするのか?」
背に当たる頭が揺れる感触で否定されたと分かった。
「……も、いーよ」
「田島」
「残したいと思ったんだ、こんなにキレーな花が咲いたって。
この先枯れちゃうのはしょうがないけど」
「記憶に残るだろ」
「うん」
「ずっと記憶に残すんだろ。キレイな花が咲いてよかったじゃないか」
「うん」
オレは手鏡をコタツに置いて、胸に回された田島の手を自分の掌で包み込んだ。
ぎゅっと腕に力が込められるのが分かる。
そんな田島が愛しくてしょうがないのだ。
花は咲いた。
先の時間で枯れてはしまうだろうが、またきっと種を残す。
その種こそは取っておいてもいいかなと花井は思ったが、
敢えて田島にそのことは言わなかった。



「ところで花井、お願いがあんだけど」
田島の母親が淹れてくれた緑茶をすすりつつ、
せっかくなのでと田島の英語の宿題を見てやっていた時に『お願い』がきた。
経験上、田島のお願いはきいたら最後ろくなことがないと分かっているのだが、
今日はあまり元気がないこともあり、ついその先を訊いてしまった。
「お願いって何だ、言ってみろ」
「頭の花、枯れちゃうけどさ、……種はきっと採れるよね」
「ああ、そうだな」
「もっかい飲んだらまた同じ花が咲くかな?」
「……っ!」
終わらないかもと理解した途端、オレは喉を通った緑茶にむせてしまった。
笑顔の田島が目の前にいる。
「一緒にまた花を咲かせよーぜ!ずっと種を飲み続けてたら花もずっと咲き続けるよ、な!」
「な、じゃねーぞ!延々人間プランターになる気か!」
「ダメ、かなあ?いいだろ?」



不思議な種だった。
同じ花から採れた種でも、
生やす人間によって違う種類の花が咲く。



ここまで田島に楽しんでもらえるなら、
もしかすると本望かもしれないなとオレは思う。
花が咲くまでの課程のひとつひとつに楽しむ様子の田島を見れるのは、
自分にとっても幸せなことかもしれなかった。
落ち込まれるよりは、ずっといい。
「……もっかいだけだぞ?
じゃないと頭刈るときに切り落としてしまうんじゃないかとか、
いろいろ考えすぎてしまうからな」
「途中で切ってしまったらやっぱ花は咲かないかー。復活とかしないかな」
「うわやめろバカ変なこと考えるな」
自分の花の茎を掴んだ田島を見て、オレは慌てて立ち上がった。
種を身体に入れて芽が出たならば、花を咲かせるまでは育てたい。
もちろん咲いた後でも、
花を落とすことなく自然に枯れてしまうまでを見届けたかった。
「花井が悲しむことはしない。……もちろん、今の花も切らないよ」
「ああ、そうしてくれ」
「2人で見守ってきたんだ、オレ、大事にしたいよ。
この花のおかげで花井の気持ちも分かったんだし」
「気持ちって」
立ち上がったままの自分と、コタツふとんを抱えた膝にかけて、
こちらを黙って見つめている田島の間に緩やかに沈黙が落ちる。
「……照れくさいから何度も言わねーからな」
「はーないっ」
明るい笑顔になった田島を認めて、コタツに座る。
「さ、課題さっさと片づけっぞ。朝練の後、人のを写すばっかじゃ身につかねーからな」
「えー、今花井に抱きつきたい気分なのに」
シャーペンを口を尖らせたその上に乗せてぶーぶー言っているが、さすがに無視した。
飛びついて来なくなったのは成長の証だろうか。
「人生楽しみたいならもう少し勉強も頑張れよ。
毎度考査の結果が出るまでハラハラし通しじゃオレの胃に穴が開くぞ。
……終わったらいくらでも抱きついていいから」
「が、がんばるっ」
真剣に課題に向かいだした田島の様子に、今度はオレのほうが笑顔になる。





1度きりの人生をいかに楽しむか。
泣いても笑っても同じ人生ならば、ささやかなこの日常の中で田島と2人、
たくさんの楽しみを見つけていきたいとオレは思っていた。














田島、お誕生日おめでとう!













2009.10.16 up