『種 5』
(2009年5月17日ミハお誕生日記念SS)









ふわふわとして柔らかく円めの花弁だった。
色は赤っぽい、オレンジというよりは朱に近い色だった。




目の前にある三橋の咲かせた花が、色も形も、
どちらも自分と同じではなかったことにオレ、阿部はかなり驚いていた。
そもそも葉の形すら最初から少し違っていた。
細い花弁の白い花、そこから取れた種を三橋は食べたはずなのに、
これはどうしたことだろう。
明日は土曜で学校は休み。
もちろん練習は明日も終日ありはするが、
打ち合わせをすると言って三橋は、今日はオレの家に泊まることになっていた。
風呂に入り、遅めの夕飯を済ませ、再びオレの部屋で膝をつき、
2人両手をそれぞれ繋いで三橋の花が咲くのを待った。




そして咲いた今、そのままの状態で三橋は俯き無言で涙だけを零している。
泣かせたのは、オレだ。




「それは……本当にオレの種から咲いたのか?」
訊いてしまった、その瞬間に後悔が駆け抜けていった。
三橋はオレが渡した種を受け取って目の前で口に入れたのではなかったか。
人間の頭に花が咲くこと自体が常識から逸脱している。
なのに同じ種から同じ花が咲くのだと、そういう思い込みがオレにあったのは否めない。
出逢ってから今日の日までに寄せられた三橋からの信頼はあんなにも大きなものなのに、
それに対しての自分はどうだ、と不甲斐無さだけを抱える。
「ご、ごめ、ごめん、ね」
何に謝っているのかが、分からない。
「分からない」と、そのことにいつからか戸惑いを覚えるようになった。
今までずっと己の鈍感さで三橋の気持ちを、
自覚もないままに切り捨ててきたのだろうか。
「そこで謝る理由が分かんねーよ。ちゃんと言ってみな」
「……花は、きれいだから」
「うん」
「見る人、幸せに」
「三橋」
「幸せに、するためだけ、咲ければ、いいのに。ごめん、ね」
「……」
「阿部君を悲しませて、ごめん、なさい」
「おめーは……」
苦しくなった。
心臓が押さえつけられているように、そんな風に息が苦しくなる。
無理やりに鼻や喉を通して取りこんだはずの酸素はどこにあるのだろう。
悲しくなんかない。
何をネガティブな発想をしているんだと、むしろ逆だと、
オレは三橋に伝えなければならないのだ。
花の形容を気にする前に、互いの花が見えるという、
その事実を受け止めるのが先だとは思う。
想い合ってこそ見える花ではないのか。
だから三橋、お前はきっとオレが好きだろう。
そう信じてもいいだろう?
繋ぐその手に力を入れたら、三橋が一歩後退った。
「はな、して」
「イヤだ」
外の風は冬の季節の入り口で、冷たさを増してきているけれども、
三橋のこの手からは温もりが十分に伝わってくる。
離したくなんか、ない。




「好きだ」
返事は要らなかった。
だから、言って、すぐに三橋の唇を口付けで塞いだ。




貪るように温もりを求めていて、
こんなにも三橋を欲していたのだとオレはやっと気付くことができた。
傍にいるだけではダメで、さらに近づきたかった。
床に倒れこむようにして2人重なり合った。
投手に自分の体重をそのまま掛けてしまうのが怖くて、慌てて床に片手を付いた。
花は折れ曲がってなどいないだろうか。
野球帽の中に折りたためるくらいだから大丈夫だと思うが、
オレのせいでせっかくの三橋の花を傷つけたくはなかったのだ。
三橋と視線が合った。
自分のよりは薄い色をしている瞳の色をただ見つめた。
次の春が来れば、出逢って丸2年になる。
告白の返事は要らないのだ、信じているから。
ただ自分の気持ちをちゃんと伝えたかった、それだけのことなのだ。
口をパクパクと動かして、三橋は何かを言おうとしていた。
言葉が音になり、耳まで届くのを静かに待つ。
三橋のペースを受け入れることができるようになったのはいつからだったろう。
大事な大事な投手だったのに、
ずっとこの目の前の相手のことが見えていなかった。
「……花、」
「折れてねーぞ、ちゃんと咲いてるぞ」
手を頭の上にやって、触ってやっと安心したらしく、オレに向かって笑みを見せる。
ああ、もう一度口付けたい、と焦れてしまうが、まだ夜は長かった。
「花、咲いてていい、の?」
「花が見たいと言ったのはオレだ」
「阿部君、は」
「うん」
「オレの花、好き?」
「花だけじゃねーけどな」
「へ?」
「へ、じゃねぇよ、おめーは!今『好きだ』って言ったばっかじゃねぇか!」
「オレも、阿部君、の花、好きだよ」
「好きなのは花だけかよ」
「……あ、阿部君、を、好き、なのはずっと、だから。だから、オレ、」
三橋は接続詞で言葉を切ったまま、真っ赤になって黙り込んでしまった。
胸の中がいっぱいになって、オレも言葉を返せなかった。
オレは床にぺたりとついた状態の三橋の背に両腕を回して、
お互いの身体を横に倒して抱き寄せた。
何も壊さないように。
その心ごと、優しく包み込めるようにと、そう願って。




身勝手過ぎる自分の想いを、
こいつだったら全部受け止めてくれるんじゃないかと思う。
いつでも自分を見つめてくれていた、その眼差しに気付けてよかった。
オレは分かっていた。
もうずっと分かっていたのだ。








お前と出逢ったからこそ、
今のオレが、救われて在るのだと。


















ミハ、お誕生日おめでとう!
こちらはちょっと遅くなったけど、前作と2作セットでお祝いです♪













2009.5.24 up