初めて花をキレイだと思った。








『種 4』
(2009年5月17日ミハお誕生日記念SS)









花というものはそこら中に咲いていて、学校や家でも咲いていて、
ただ咲くだけではなく花器などに飾られてはいるけれども。
今まではまったく興味がなく、「花を愛でる」という意味もよく分からないでいた。




まさか本当に頭から芽が出て、葉が生えてくるとは思わなかった。
オレ、阿部はあまり髪型に気を使うほうではなく、
芽が出た段階ではその存在に気がつかなかった。
好奇心があったわけでは決してなく、
寧ろ「花が咲くとか、冗談だろ」と打ち消しのために種を食べてみたものの、
自分の頭の天辺に生えている緑色の葉を実際見れば、信じない訳にはいかなくなる。
この種が他の種とは何かが違うのか。
でなければ今までに体中にスイカが生ってもおかしくはないだろうから。




「それ……なに?」
掛け替えのないほどに大切な存在となっていた投手である三橋の、
指差した先は明らかにオレの頭の上だった。
両親にも弟にも見えていなかったこの大きな双葉が、三橋には見えるという。
他の野球部の面々にはまったく見えていないようだった。
バッテリーを組んでると見えるもんなのかな、
そう考えてしまうくらいに些か沸いた頭で「光合成が足りない」と、
冗談交じりに言葉を返したら本気に取られそうになり、
慌ててフォローを入れてしまった。
冗談はともかくとして、オレは三橋に嘘を言いたくない。
だからちゃんと告白した。
種を食べたのだと。
三橋からはそれ以上何も追及されず、
現状をそのまま受け止めてくれたようで、オレは安堵した。




日々少しずつ葉の数が増え、茎も伸びていく。
三橋は毎日育っていくオレの頭の上を見ながら、うれしそうにしている。
「あんま、見んなよ」と、言ってもそれでも事あるごとに見ている。
さわっていい?と訊かれた時にはどうしようかと思ったが、
敢えてそのまま腰を曲げて頭を差し出した。
少しだけキョドりつつも三橋は手を伸ばしてくる。
笑顔でそっと葉を撫でている。
照れくさくもあり、面映ゆくもあり、オレにとっても三橋のその様子はうれしかった。
2人で1つの秘密を共有しているという変な高揚感も十分にあった。




洗顔の時に見る鏡にうつる、葉のある自分の姿にもようやく慣れてきた。
鏡を横目で見つつ数歩動くと、合わせて幾枚もの葉が一緒に揺れる。
風呂で髪を洗う時や、野球帽をかぶる時に葉を畳むのが面倒だが、
一緒に生きていると存在自体に段々馴染んでくる。
最近ではどんな花が咲くのだろうと思うようにさえなっていた。













しばらくして伸びきった茎と葉の上に小さな蕾がついた。
この様子だとすぐに花が開くだろう。
部活終了後のコンビニで三橋がオレににこっそりと言った。
「どんな花が咲くのかなあ、咲くところが、見たいなあ」
「……咲く瞬間が見たいか?」
「うん」
「今夜あたり咲きそうだな。……オレん家、来るか?」
「う、うん!」
肉まんを頬張りながら三橋は笑顔だ。
今は当たり前のようにあるその三橋の笑顔は、
出逢った頃にはあまり見られなかったものだ。
「ああ、好きだなあ」
共に零された言葉がオレの耳に残る。
花が好きなのか。
それとも。
「オレが」その花を咲かせているから好きなのか。
だとしたら、三橋はオレを……、とはさすがに安易な考えだろうか。




オレの部屋で2人向かい合って手を繋いで、花が開くその瞬間を待った。
沈黙は穏やかに漂いつつ、オレたちが存在するこの空間を壊さないでいる。
目を閉じて掌から伝わる三橋の温もりだけを感じていた。
無理やりに何か言おうとしたけれど、
上手く言葉にならないまま喉から出た音は掠れて拡散していく。
「阿部君っ」
「咲いたか?」
「ま、まだ途中、だけど。白い花が、キレイだ!」
「オレも見たいな、手、離していいか?」
「いい、よ」
オレはジャージのポケットから、
葉が出たころにコンビニで買った折りたたみの小さな鏡を取り出した。
細くて白い花弁の花がそこには在った。




しばらくして三橋を帰してから、洗面所のにある大きな鏡で花を見た。
明日にはもっと開いて、更にキレイな姿を三橋に見せることができるだろう。
オレは初めて花をキレイだと思った。




ずっと三橋と2人で愛でてきた花だった。










そして何事にも終わりは来る。
咲いていた花もやがて枯れてなくなってしまう。
三橋は泣くだろうなと思っていた。
泣かせたくはなかったが、造花でもない限り花に終わりがあることは自然の摂理で、
どんなに悲しくとも受け入れなければならないことだった。
すべてが無くなってしまうわけではなかった。
次に残るものがある。
握りしめた手の中にそれはあった。
数粒の、「種」だ。




泣いている三橋にオレが差し出したものがある。
掌に乗っているのは小さな薄緑色の種だった。
「食べてくれ」
「え?」
「あの花から、種が取れたんだ」
「阿部、君……」
「お前が何色の花を咲かせるのか、それを見ていたい」
三橋は種を一粒摘まんでしばらく見ていたが、やがて口の中に放り込んだ。







今度は三橋が咲かせるだろうその花を、またこれから2人で愛でていくのだ。
自分の花が育っていく間に、同じように育っていく気持ちがオレの中にあった。
その「好きだ」という気持ちをいつかは三橋にちゃんと伝えたいと思っている。
そう、三橋の花が咲く頃までには。
自分の心にこそ、勇気の種があればいい。




すぐにその時期はやってくるのだ。




















ミハ、お誕生日おめでとう!













2009.5.17 up