『種 3』
(2009年4月28日花井お誕生日記念SS)









何かを、飲み込んだような気がする。






花井がそれを気にしたのはほんの一瞬の、例えば瞬きするほどの時間でしかなかった。
マネジである篠岡の気遣いのおかげだろう、もうかなり涼しくなったとはいえ、
練習の後半になってもおにぎりと共に配られる麦茶の心地よい冷たさや、
水分を欲していた喉の渇き、それに加えて目の前にいる田島の笑顔に意識は巡る。
喉への微かな違和感を飛ばして呷るように麦茶を飲みほしたら、
田島が手を差し出した。
「お代わり、いる?」
「どうした?、やけに親切だな」
「いんや、別に」
「いくらお前が2日連続具なしのおにぎりだからってオレのとは換えてやんねーぞ」
「そんくらい、分かってっよ!気にすんなよ」
「……なんかあったのか?」
急に押し黙った田島の陰のある表情を花井は見逃さない。
どうもここ数日様子がおかしいとは思っていた。
出逢って2度目の秋で、花井には田島の行動パターンも大分読めてきた。
お互い想い合ってはいるものの、2人の関係は曖昧なままで今に至っている。
今度は何をやらかしたんだろう、とは思ったが、敢えてここでは言及しなかった。
麦茶のお代わりをもらって、おにぎりでエネルギーを補給して、
そこからまだ先があり、野球三昧で西浦高校野球部の夜は今日も更けていく。




あの時しっかりと言及しておけばよかったと花井が後悔したのは、
それから数日後のことだった。












目が覚めて、顔を洗おうと洗面台に向かって鏡を見たら、
花井の頭の天辺に決して小さくはない双葉が生えていた。
驚きのあまり思わず大きな声を上げてしまって、
「どうしたの」と声をかけつつ母親が顔を覗かせる。
見られた、と焦りはするが、
その時の花井は出ない声に口をぱくぱくと動かすのが精一杯だった。
だがそんな花井の心配をよそに、
母親は何事もなかったようにキッチンに戻っていった。
頭を見ただろうに。
この葉を見ただろうに。
それとも……、自分以外には見えないのかもしれないと思い至った時には、
追ってすぐに田島の顔が浮かんだ。
何かをきっと知っているのではないかと思うのだ。




その日、ちょっとだけ早めに学校へ向かい、田島の家の近くで当の本人を待ち伏せした。
『5分でもいいから早めに出て来い』と、田島にはメールをしている。
時間は早朝、大通りからはずれている田島が通学路に使っている裏道で、
こんな時間はまず誰一人通らない。
自転車を停め、その傍らに立って待つ。
グラウンドだと万が一にも、今はタオルで隠されている、
この葉を見ることのできる人間がいるかもしれない。
田島すら見ることができなければ、それはそれでまた考えようと花井は思った。
相変わらずの練習着姿で自転車に乗ってこちらに近づく田島を認めた。
「田島っ」
名前を紡いで声にして投げかけたら、
がしゃんと大きな音を立てて自転車を丸ごと放り出して田島がこちらに駆けてくる。
駆けて駆けて、こちらに向かって思い切り抱きついてきた。
「花井!」
息が止まりそうになるほど花井は驚く。
田島の頭には、自分と同じような双葉が生えていた。




自分の頭に生えているものと同じものが、田島にもある。
それが見えている、ということが花井の驚きを更に増していた。
「ちょ、お前、その頭……っ」
「見えんの!?」
言うなり田島は身体を離して、花井が頭に巻いていたタオルを引き剥がした。
「った、痛っ、お前なあ!」
「……」
花井の頭に生えている葉をじっと見つめながら田島は動かずにいる。
その眼差しは真っ直ぐに花井の意識に入り込んでくる。
「……花井、好きだ」
言ってすぐにもう一度腕の中に飛び込んできた。
湧き上がる愛しさは止めようがない。
花井は時間を気にしつつも田島の双葉を一撫ですると、
背に腕を回して抱きしめた。
「お前はこの間、オレに何を飲ませたんだ?まさか、花の種とか言わねーだろうな」
「そのまさか。種を食べたら頭にキレーな花が咲くって三橋は言ってた。
阿部は白い花を咲かせたんだって」
突然田島の口から飛び出したチームメイトの名前には、
驚きを通り越して笑えてしまうのは何故だろう。
確かにこの葉と、やがて咲くだろう花は誰にでも見えるわけではないようだ。
花井に種を飲ませただけではなく、自分でも、とは田島らしい。
もしかすると気付いていないだけで、
花を頭から生やしている人間が周囲にはたくさんいるのかもしれない。
実際に西浦のバッテリーが頭に花を咲かせていたなんて話は、
どこからも伝わっては来ていなかった。
腕の力を緩めて身体を少し離す。
だがまだ腕の中に田島はすっぽりと収まっている。
「誰にでも見れるってわけではねーんだろ?」
「よく分かんねー。いっぱい好きだと見えるんじゃないかって三橋とは話してた」
想い合ってると花が見えるような言い方で、それが花井にはなんだか照れくさく感じる。
「お前な、種になんか頼るなよ」
溜息をつきつつそう言うと、田島は力なく俯いた。
「だって、だって花井のオレに対する気持ちが知りたかったんだ」
「……田島」
「花井全然好きって言ってくんないし、
もしかすっとたいして好きじゃないのに傍にいてくれてんのかなーと思うと、
やっぱそれって悲しくなるだろ?不安だった、……オレ、見えてよかった」
「もしお互いの葉が見えなかったらどうするつもりだったんだ」
「頑張る」
「何を」
「オレの花井に対する好きはいっぱいあるから、
花井にもっともっと好きになってもらえるようにいろいろ頑張る!野球も!」
「勉強も?」
勉強、という単語に、田島は苦い顔をしたまま唸る。
唸りつつ、小さくだけど頷いた。
花井の袖を掴んでいる田島のその手が震えているのに気がついた。
いろんなことを曖昧にしたまま日々は過ぎていって、
それがどれだけ田島を不安にしただろう。
「ああ、分かった」
「?」
疑問符を表情に浮かべて、田島は見上げてくる。
「オレが悪かった」
「花井、」
「お前が好きだ。ちゃんと言ってやんなくて悪かった」
「オレも好き、オレも、花井が、オレも」
「……ありがとな」
自分の言葉に笑顔を湛えた田島を見て、花井自身もうれしくなる。




「さ、行くぞ。遅刻してモモカンに握られたくねーだろ」
「お、おう!」
田島は慌てて自転車を駆けて取りに行った。
地面に落ちていたタオルを花井は拾い、自転車のサドルに跨る。
タオルは頭に再び巻いた。
自転車に乗った田島が、横に並んでくる。
田島の頭を指差して花井は訊いた。
「なあ田島。頭のこれは花が咲いたら終わりなのか?」
「新しい種が採れんじゃないかな。オレは三橋のをもらったんだし」
「ああ、種か、そっか」
では新しい種が採れるその時まで、まだまだ伸びていくはずのこの葉を、
綺麗に咲くだろう花を田島と一緒に愛でていこうと花井は思う。







花が咲くのが今から楽しみだ。
想い合っている2人だけが共有する花だから、尚更だった。














花井、お誕生日おめでとう!


ここまでの種の行方

阿部→三橋→田島→花井→水谷→栄口











2009.4.28 up