神の裁きを受けたいんだよ。
この世界に神が、その種を使わしたのなら。











『種 2』










冬が近付いて冷たさの増した風が吹く、
ある半月の綺麗な夜だった。




オレ、水谷の前で栄口は涙と怒りでぐちゃぐちゃの顔で、
ようやく出した搾り出すような声で、
「それでも、オレは、お前が……」
そこまで言って口に投げ入れるようにして飲み込んでいた。
飲み込んだのは、一粒の種だった。




花は咲くだろうか。
その花は、オレに見えるだろうか。




見えないとしたら、
そのことで、オレは何かを終わらせようとしているのかもしれない。















楽になりたい、と思ってしまった。
栄口と出逢って2度目の秋の終わりだった。




栄口のオレに対する気持ちは、
元来栄口が持っている優しさに甘くコーティングされてしまっていて、
そのほんとうが見えなくなっていた。
楽になりたいと思うのは余りにも自分勝手で、
栄口を絶対に傷つけてしまうだろうとは思っていた。
しばらく悩みに悩んで、そこで止めればよかったのに、
オレはオレの持つ弱さに負けてしまって、帰宅途中の栄口を追いかけて種を渡した。
「お願いだから、食べて」とそれだけを言った。
栄口はオレの差し出した掌に乗っている種を見て、明らかに顔色を変えた。
狼狽した様子は、その種が何を意味するものかを知っているようだった。
この種を口にしたら、頭に花が咲く。
そしてその花は誰も彼にも見えるわけではない、と、
オレに種をくれた花井はそう言った。
もしも栄口が種を食べてくれて、咲かせた花を見ることができたのなら、
もう少し自分の気持ちに自信が持てるような気がしている。
栄口の気持ちはもうずっとオレには見えていなかった。
花の存在が、曖昧であやふやなままの2人の関係に、
何らかの判断を下せるような気がするんだ。




「水谷」
自分の名を紡ぐ音には怒気が含まれていて、
怒らせちゃったんだなと、俯いた顔が上げられない。
差し出した手を今更、そう今更引っ込めるわけにもいかなかった。
震える声で栄口が訊いてくる。
「後悔しない?」
何も答えることはできない。
言葉がひとつも喉から出てこない。
後悔、そんなものはたぶんするだろう。
分かっていても止められなかった。
「なあ水谷。もしオレがこれを飲んでしまったら、
どこにも戻れないかもしれないんだよ。
終わらせる勇気が水谷にはあるんだ?」
怒りのベクトルはオレにだけではなく、
何故だろう栄口自身にも向けられていたようだった。
花が見えない覚悟はしていた。
それでも0か100かはっきりさせて欲しかった。
0に対する不安も、100に対する期待も何もかもが水谷には重かった。
「終わらせる」そのことを逃げではなく勇気とまで呼べるのならば、
こんなに切ない気持ちになることはなかった。
「種を食べて頭に花が咲くかどうかって。
花が見えるかどうかの基準なんて分かってないじゃないか。
それって……気持ちを量られてるようで、そんなのはイヤだ!」
怒りの声に加えて、栄口の嗚咽が混じる。
泣かせてごめん。その前に怒らせてごめん。
オレはたまらなくなって、顔を上げる。




「栄口が、好きなんだ。友達のままじゃ辛いんだよ」
ずっと言えなかった気持ちだった。
もし今ここで始まってもいないものが終わる前に言いたかった。
ああ、ぼろぼろに泣いてる。怒った顔のまま。
栄口の手を取って、オレは持っていた種をその手に握らせた。
「捨ててもいいから、むしろそうしてくれていいからさ。
もう友達にも戻れないかもしれないけど、好きな気持ちは変わんないから」
「……お前、それって、ひどい」
「うん、分かってる」









「……それでも」と、栄口は涙と怒りでぐちゃぐちゃの顔で、
ようやく出した搾り出すような声で。
「それでも、オレは、お前が……」
言って、その先をとうとう続けることは無かった。
種を飲み、黙り込んでしまった。






花は。
咲くだろうか?
















シリーズ化いたしました。
定番4カプは話があります。











2009.2.19 up