The last alphabet of tomorrow 2
「B」



『beginning』










お互いが真っ直ぐに目を見て話したのは、
きっとその時が初めてだったのではないかと思う。





3月に入って最初の週、月曜日の6校時目に委員会活動の時間があった。
各委員会の6年生が卒業間近で引退し、新しく現5年生の中から、
委員長、副委員長、書記などを決めていくための時間となる。
図書主任である年配の女性教師が舵取りとなって話し合いを進めるのだが、
だがなかなか肝心の委員長が決まらず活気もなくだらだらと時間だけが過ぎていく。
図書委員には本を読むのは好きだけど、本のことには詳しいけれど、
「長」という肩書きを背負うのは嫌だと思っているおとなしい人たちが多かった。
大きい学校故か、委員会中一番仕事が多いと言われている図書委員。
その20人をまとめていくのは実際大変らしく、
現6年生の元委員長も5年生20人を抱えて人数が倍になった3学期は苦労していた。
「副ならやってもいーですけど」
と、オレ、阿部がしびれを切らして手を挙げたのが15分前。
事態はそれから何も進展していない。
「しょうがないわね、推薦にしましょうか。
曜日ごとに誰がいいかを話し合ってください」
そう言う図書主任の先生の横で、
三橋先生はいつものようにオドオドしつつ立っているだけだった。
まあ図書委員会については図書主任の先生が動かしていくのが常で、
先月の三橋先生はお客さんのようにこの場にいて、
最後にこれからの図書館の予定などを説明したりしていた。




ダルいなーと思いつつ、曜日別に指示されたテーブルに着いた。
それまで動かなかった三橋先生がこちらに寄ってくる。
「あ、阿部君っ」
「はい」
「阿部君、委員長、なってよ」
突然にそう言われてオレは目を丸くした。
「オレ、本のことなんも分かんねェし、図書委員になりたいっつって
入ってきた連中に委員長させたほうがいいんじゃ」
「阿部君はすごいよ、できる、よ!」
「三橋先生……」
オレの傍で俯いて小さく震えている三橋先生だった。
励ましてるはずなのに、何故そこで涙目になっているのかが分からない。
もしかするとこの先生は今自分に話しかけてるだけでも、
そのことにとんでもなく勇気がいるのかもしれない。




オレは女子達や一部の男子にもけっこう怖がられているらしい。
愛想がいいほうじゃないのは分かっている。
沸点も低いし、よくキレてよく怒鳴るけど。




三橋先生のたまに見かける笑顔、
オレにも向けてほしいよ。






「オレが委員長になったら、先生、笑ってくれっか?」
「阿部、君」
目をパチパチとさせながら顔を上げこちらを見つめてくる。
やっと目が合った。
「怖がらないで、オレに笑ってくれっか?」
真っ直ぐにお互いの視線が絡み合い、暫しの時間を置いた後、
三橋先生は大きく頷いた。
「うん」
「……分かった」
がたりとイスの音を立てその場に立ち上がる。
周りの注目を集める中で、オレは辺りをゆっくりと見回し大きな声を出した。
「オレが委員長やっから!副2人と書記さっさと決めろよ!」
歓声とざわめきの中、三橋先生の方を見る。
「……よろしく、阿部君」
小さな声だったけれどオレは聞き逃さない。
差し出された手とちょっとはにかんだような笑顔は、
確かにオレに向けられたものだった。





そして、その日が図書委員長としての始まりだったのだ。










それはちょっとだけ、昔の話。





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2008/9/7 サイトUP





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