The last alphabet of tomorrow 22
「V」



『Valentine's Day』
(2009バレンタイン記念)









2月にしてはもう春を迎えたかのような暖かい日だった。
それは雨が降っていたからなのか、ストーブもつけなくていいほどだった。
小さな雨音だけが放課後の西浦小学校図書館に響いている。
司書である三橋は鼻歌を歌いつつ、書架の整理に没頭していた。
帰りの校内放送は先程流れていた。
もうすぐ彼はここへやってくるだろう。




「ちーす」
今日は金曜日。
図書委員の当番で放課後に図書館に現れた阿部は、
大きめの紙袋を持っていた。
紙袋ってめずらしいな、とじっと見ていたら、阿部が近付いてきた。
「他のヤツ、まだ来てない?」
「う、うん、阿部君が、最初。5年生も、まだ、来てない。
仕事、しようか?いつも一緒、の、水谷君たちは?」
「その前にさ、先生バレンタインデーのチョコもらった?」
「阿部君は、たくさんもらった、みたいだね」
紙袋の存在理由が分かった。
そういえば明日の土曜日はバレンタインデー。
学校は休みになるので今日チョコは飛び交っていたらしい。
「うーん、まあな。もう本命か義理チョコか友チョコか逆チョコか、
何が何だかよく分かんねェ。なあ、先生」
「ん?」
「男が男にチョコ渡すと友チョコになんのか?」
「どうか、なあ、そうかも」
「ああもう何でもいいや、はいこれ」
差し出されたのは小さなリボンのついた包みで、
それがチョコだとここまでの会話の流れで、三橋にはすぐに分かった。
「や、今年は逆チョコのおかげで、けっこう買いやすかった」
受け取ってその包みをじっと見つめる。
うれしくてうれしくて、涙腺が緩んできた。
他の当番の委員たちが来たらまずいと思い、ごしごしと腕で目を擦った。
「ありが、とう。うれしいよ」
「だって、最後だもんな」




そうだった。
今週1週間は、昼休みに6年生によるお話会があっていて、
今日無事に終了した。
それを最後に6年生の図書委員の仕事は終わるのだ。
阿部が「図書委員」として、
西浦小学校図書館に来るのは今日が最後だった。




「ごめ……、泣いてちゃ、可笑しい、よね」
蹲ってしまった三橋の頭を阿部が優しく撫でる。
「卒業するまで、遊びに来っから。だから、泣くなよ、先生」
雨の音と一緒に阿部の声が降ってくる。
優しい、それは優しい声で。
あんなに最初は怖かったのに。
「ごめんね、ありがと。1年間、楽しかった、よ」
「……卒業しても絶対っ、絶対に、顔出す!
だってそんな泣き顔、オレ、見たくねェから!
三橋先生はオレの前で笑ってなきゃダメなんだよ!」
阿部を困らせたくないのに、
ここは先生らしく笑顔で「大丈夫だよ」と言わなければいけないのに、
三橋にはそれがどうしてもできなかった。







阿部がこの1年で自分に向けてくれた優しさは、
そのすべてがきっときっと宝物になる。
何もかもを忘れないで思い出として綺麗なまま、
心の宝箱にしまっておこうと思う。






別れの時は、
刻一刻と近付いていた。














2009バレンタイン記念
(先行でブログにUPしたものでした)
カプ表記がアベミハなのに自分でびっくりしました(笑)





ABCDEFGHIJKLMN
OPQRSTUVWXYZ




2009/2/14 UP(ブログにて)
2009/2/19 サイトUP





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