The last alphabet of tomorrow 21
「U」



『under』
(2010年6月8日栄口くんお誕生日記念SS)









独りっきりで泣く場所なんて、
そうあるもんじゃない。
学校の、中には。




風は冬の季節の薄い雲を突き抜けて、地上の気温をその動きで冷やしている。
「今日はあいつ、ムリかもしんねェな」
水谷を探していた栄口に向かって、阿部は野球の練習着に腕を通しつつ、
大して抑揚もない声音であっさりとそう言った。
彼の口から真実は告げられ、栄口は呆然とする。
どうしようかとすぐには動けずに逡巡しつつ、阿部を見つめていた。
栄口の耳に小さく聞こえる舌打ちの音。
頭を振りつつ、阿部は唸った。
「あいつもしょーがねェな。
……監督には遅れるってお前の分まで上手く言っとくから」
「阿部、」
「何処にいるか分かんのか」
急かしたように言葉は被せられる。
「分かるよ。三橋せんせのトコだろ?」
「ま、そんなとこだろな」
「ありがと阿部!」
「礼はいーから、さっさと連れて来いよ!」
野太い声で言葉は投げられたが、栄口は阿部の優しさを十分に理解していた。







校舎をグラウンド側からではなく、反対側のサイドを通り、
裏に抜けて校舎と併設されている別館の図書館に向かう。
環境ISOに配慮されているのか、カウンター上の灯りだけが点けられているようだ。
ドアを開けて覗くと、カウンター内には三橋が一人座っていた。
静まり返った室内を見るに、図書委員の当番は帰った後なのだろう。
「三橋せんせ」
栄口はカウンター越し、三橋の前に立った。
「さ、栄口くんっ!」
「水谷、どこ?」
嘘が吐けない先生だなあと栄口は思う。
いつもの笑顔も「どうしたの?」という優しい言葉も無く、
その狼狽ぶりが明らかに回答となっている。
しかもちらちらとカウンター内を気にしているので、言わずもがなでもある。
栄口は俯き、小さく息を吐く。
そして意を決したように、
普段は図書委員しか入れないはずのカウンター内に踏み込んだ。
図書館のカウンターは可動式で、3つの大小のカウンターが、
図書準備室がない西浦小図書館の先生用のスペースを構成している。
その下方、内側は大きくくり抜かれた形で空いていて、
小学生ならば何人も潜り込めるほどだった。
三橋先生は気を利かせてくれたのだろう、図書館の奥で書架の整理を始めていた。



カウンター内で、ひざを抱え小さくなって蹲っているのは水谷だ。
彼の前に立ち、その名を呼んだ。
「水谷」
「ごめん」
小さな声は地に落ちていく。
「栄口は、……受かったんだろ?」
先にそう言われてしまったら、自分からは掛ける言葉がない。
朝からクラスの中ではあんなに明るく振舞っていた水谷だったのに。
だからこそ栄口は阿部に確認を取るまで誤解をしてしまっていたのだ。
「……オレ、栄口とおんなじ中学に行きたかった……」
水谷の小さく掠れた声は浮遊せずにいくつも落ちていった。



一緒の学校に行きたいねと、同じ県立中学を受験した。
中学受験の合否が飛び交うこの時期は皆がぴりぴりとした空気を漂わせていて、
気温が下がること故の冷たさより、更に肌を刺す。
水谷の嗚咽が聞こえてきて、
栄口も心の痛さに耐えられず、その場に座り込んだ。








手をつないで、どこまでも一緒に歩いていこう。



人生の中でそれが夢物語だと知るには、
些か早すぎた12歳の冬の日だった。














栄口くん、お誕生日おめでとう!

(明るくない話でごめんなさい!!)


「T(time)」に続きます。






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2010/6/8 UP





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