The last alphabet of tomorrow 18
「R」



『reset』
(2010年12月11日阿部お誕生日記念SS)









図書主任の教師に「最後の挨拶ですよ」と促され、
阿部は図書委員の皆の前に立った。
すう、と深呼吸をする。
そして阿部は皆の前にあるホワイトボードを平手で叩きつつ、怒鳴った。
「も、ちっと静かにしろ!!話聞こえねえだろうが!!」
一瞬ではあったが、阿部の声に図書館全体がしん、と静まった。



図書館の窓の外では、真冬らしい低い空に立ち込めた雲。
風は強く吹いて大きな北の窓枠を揺らしている。
2月の始めに開かれた委員会。
6年生にとっては最後の委員会となる。
昨年までは図書委員会は3月に現5年生だけになってから
次の委員長を選出することになっていたのだが、
今年度からは2月、5年生にとって最初の委員会の際に変更になった。
余程昨年度の委員長選出が大変だったかが分かるというものだ。
引継ぎ等を円満に行うためにもこれで良かったのかもしれない。
西浦小学校の図書館は広くて、図書委員会だけではなく、
新聞、掲示委員会も同居していて、
大きな声を出さないとあまりの喧騒ぶりに話していることが聞こえない。
普段でもそうなのに、5.6年の新旧揃う、この2月の委員会は、
いつにもまして騒がしかった。
委員会の中で一番その数が多い図書委員だけでも50名近く、
合計すると100名近くの児童が図書館に入っている計算になる。
イスはもちろん足りなくて、全員は座れるはずもなかった。



怒鳴った阿部の後方で、三橋がおろおろとうろたえている。
本来ならば司書である三橋がこの場を仕切って静かにさせるべきなのだろうが、
ベテランの図書主任の教師も同席している以上、任せてしまっている感はある。
その教師も阿部が怒鳴るのに慣れてしまって、にこにこと笑っている。
次の代の図書委員長は真面目でおとなしく、本当に5年生かと思うほどの小さな男子で、
三橋をフォローして、図書委員たちをまとめていけるのか些か不安になる。
ただ読書量や本の知識に関しては阿部は次期委員長には敵うはずもなかった。
彼の方が本来ならば、図書委員長には相応しいのだろう。




これからしばらくは仕事の引継ぎ期間が続き、6年生の最後のイベント、
昼休みのお話会を終わらせると、2月の半ばで5年生にバトンタッチとなる。
そこで完全に図書委員会は新しくリセットされるのだ。










「水谷君たち、遅い、ね」
「泉先生がキレてたら、長くなるもんな……」
委員会がある日はその日の当番は図書委員会の始まる前に仕事は済ませており、
もう図書館を出ていた。
最後まで残って作業をしていた掲示委員会の数名と担当教師も先ほど図書館を出て、
残っているのは阿部と三橋だけだった。
給食委員会が終わったら、水谷と栄口が来るはずなのだが、
委員長決めで揉めているのかまだ姿を現さない。



「1年間、お疲れさま、でした。阿部くん」
「ありがと。つか、最後の最後まで怒鳴ってごめん」
ふるふると三橋はカウンター内で頭を振っていた。
今日決定した新図書委員会の曜日別当番分けの表をパソコンで作成している。
カウンター前ににイスを抱えてきて、阿部はどっかりと腰を下ろしていた。
思えば、この1年間は図書館で怒鳴ってばかりの日々だった。
本を読む量はとても増えたとは思えないけれど、本自体への愛着は沸いてきていた。
広い図書館をぐるりと見渡すと、阿部は感慨深げに息を吐いた。
「オレ、あんま本は読まねーけど、ここの図書館はスキだよ。
居心地いーもんな」
三橋が笑う。
その笑顔はとても自然で、阿部はあまり見たことがないものだった。
「お、笑った」
「うひ」
頬を赤くしている三橋は阿部から見てもやけに可愛くてしょうがない。
それを本人に言うわけにもいかず、
しばらくは三橋が仕事をしているのを黙って阿部は見ていた。
「なあ、三橋先生」
「はい?」
「中学になっても試験期間で早く帰れる時があっから、そん時はここに遊びに来っから。
仕事もあれば手伝うし。水谷も連れてくるかもだけど、突然来たからって驚くなよ」
「……う、あ」
「どした?」
三橋は俯いて、次の瞬間には小さく震えていた。
いい笑顔を見せてくれたと思ったのに、この変貌に阿部はついていけなかった。
「ちょ、何泣いてんだよ?なんかオレ、変なこと言った?」
「ごめん、なさ、い。オレ、」
「笑えよ。オレは笑ってる先生の方がスキだよ!」
泣いている顔を三橋は袖でごしごしと擦る。
三橋は何か言いたげで、でも阿部には言えずに逡巡しているような素振りを見せる。
「……そんな簡単に、好きって言っちゃ、いけないよ」
言葉は小さく落とされる。
「何でだよ」
「でも、うれし、かった。ありがと」
「先生」
「ほら、水谷君たち、来た、よ」
校舎全体に響くような自分の名を呼ぶ声と、ばたばたとした足音に阿部は立ち上がる。
先ほどとは違う、寂しげな笑顔を三橋は見せていた。
「さようなら、阿部君」
「三橋先生、……また明日な。明日は授業で入るから」
「うん、待ってる、よ」
阿部はイスを片付けて、三橋の残る図書館を後にした。








「スキ」な気持ちはちゃんとあるのだから、
それを簡単に「スキ」と相手に伝えてはいけないのだろうか。
阿部にはまだ自分が発する言葉の重さがどれほどのものなのか、
何も分かってはいなかった。



ただもう一度三橋のあの笑顔を見たいなと、阿部は思うのだ。
もう一度、と。












阿部、お誕生日おめでとう!!
ずっとずっと大好きです!!


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2010/12/11 UP





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