The last alphabet of tomorrow 13
「M」



『moon』





太陽が世界に近すぎた夏も過ぎ、
日々冷たさを増す風に短い秋の気配を感じている。
暦は冬至へより近くなっていき、
陽が落ちるのが一気に早くなった。
雲が渡り、夜と昼とが重なりつつある空を三橋は見上げた。



三橋は玄関を出て南側にある職員駐車場に向かう。
西側の奥にはグラウンドが広がり、
社会活動で野球やサッカーをしている児童の声がいつも聞こえている。
今日は少年野球の練習日のようで、
どうしても注目してしまうのはホームベースの辺りだった。
阿部の姿を探すようになってしまったのは、いつの季節からだったのだろう。



「……あれ?」
そして、三橋は阿部がいないのに気がついた。
薄暗さのせいで見つけられないだけなのだろうか?
「阿部君、いない?」
心臓を削られるような寂しさが三橋を襲う。
「いないの、……かな?」
目を凝らして探しても、阿部の姿は見えない。
職員駐車場の真ん中でいつまでも立ち尽くしていてもしょうがないので、
帰ろうと振り向いたら、そこに阿部がいた。
「うおっ!!」
「わっ!」
「び、び、びっくり、したよ!」
思わず大きな声を上げてしまった。
阿部はランドセルを背負い、野球バッグも肩に下げている。
頭を掻きつつ、それでも笑顔だった。
「つか驚いたのはこっちだから!声を掛けようとしたらいきなり振り向くんだもんな。
今帰り?三橋先生突っ立ってて何してたんだ?」
「え、えと、あの、月を見てて、」
「あ?ああ、もう出てんのか」
まさか阿部の姿を探していたのだとは言えず、苦し紛れの言い訳だった。
南西の空には三日月が姿を現していて、
世界の明るさに対比して地上に柔らかな光を投げかけている。
西の涯はまだ夕焼けに色を支配されていて、
夜になりかけの彩度が落ちた空間にその月は存在していた。
「阿部、君、練習は?」
「もうオレは上がり。今日はこれからばあちゃん家に行かなきゃなんないらしくてさ。
明日も晴れっかなあ」
「お天気がいいと、先生は、ちょっと寂しい」
阿部が驚いた表情でこちらを見てくる。
その表情は、天気は晴れたほうがいいじゃないかとでも言いたげで、
三橋はちょっと可笑しくなった。
「なんで」
「お昼休み、みんな、外に遊びに行っちゃう」
「ああそうだよな、図書館っていうと雨のイメージがあるよな」
「雨の日は人が、いっぱい」
「人が多くていつもぐっちゃぐっちゃになるじゃねーかよ!
また雨が降ったら、オレ、手伝いに来っから」
「うん、待ってる」
「じゃな!」
「さようなら」
手を振って遠ざかる阿部をしばらくその場で見送り、
三橋はもう一度月を見上げた。
こんなに秋晴れの気持ちがいい日が続いているのに、雨が恋しくなってしまう。
阿部のことを思いつつ、三橋はうれしくて頬が緩むのを抑えられない。
どうしてこんなにうれしくなるんだろう、と思うが、
答えは今の三橋にはまだ出すことができなかった。






その様子を月だけは見ていたのかもしれない。


ただ穏やかに、空に在った。












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2010/9/20 UP





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