The last alphabet of tomorrow 12
「L」



『lunch』
(2010年5月17日三橋お誕生日記念SS)





今月は雨が多いなあと事務室の窓のむこうを三橋は見る。



今日の給食のメニューはセルフバーガーとショートパスタのスープ、
切られたオレンジと牛乳だった。
食べるのが大好きな三橋は目の前に置かれているトレイをじっと見つめ、
小さな声で「いただき、ます」と言い、手を合わせた。
側面から切れ目が横断しそこなっているまあるいパンに、
茹でたキャベツとハンバーグを挿み、小さな袋入りのソースをかける。
スープにはパスタ以外にもたくさんの種類の野菜が入っていた。
普段あまりお肉は給食には出ない。
今月のお誕生日お祝いの日で、
献立一覧表に「5月生まれのお友だちをお祝いしましょう」と、
今日の目当てが書いてある。
ご馳走のメニューなのだ。
三橋がバーガーにかぶりつこうとしたその瞬間に、事務室のドアは開けられた。



「失礼しまーすっ」
「うおっ」
突然に声がして、ドアの方に視線を移すと阿部の姿があって、
驚いた三橋の手からバーガーが転がり落ちた。
「ちょ、先生っ」
阿部の声が事務室内に響く。
「三橋先生!」
並びの席の篠岡もさすがに慌てていた。
運がいいことにバーガーはトレイ内に散らかりつつ転がったが、
食べることはできるだろう。
ちょっとした騒ぎの中、
悠然とバーガーを食し続けていたのは事務長くらいのものである。



「クラスのセロテープがなくなったんで、もらいに来ました」
「はい、ちょっと待ってね」
阿部の言葉を受けて、篠岡が立ち上がる。
散らばったキャベツを拾い集め終えて笑顔の三橋の元に、阿部が近寄ってきた。
「何で先生ここにいんの?」
「先生は、図書館の事務の、先生、だから。事務室で、ご飯食べる」
「うれしそうな顔してる。バーガー好きなんだ」
「お誕生日、お祝いだから、うれしい、よ!」
「もしかして先生、5月生まれなのか」
「そ、そうだよ、5月」
「誕生日おめでとう!」
「……あ、ありが、と」
三橋は阿部の顔を呆けたように見ていた。
早く食べ終えないと給食時間が終わってしまう。
ただでさえ食べるのが人より遅いのに。
「三橋先生、また昼休みに!」
セロテープを一巻き受け取った阿部が、
手を振りつつ事務室のドアを開けて出て行く。
三橋もそれはぎこちなく手を振り返した。



「おめでとう」と言った阿部の笑顔は眩しく、
三橋の視神経は必死でその笑顔の情報を頭の中に送り込む。
目の前に美味しいバーガーがあるのに、何故だろう泣きそうだ。
サプライズだった阿部の登場に、掛けられたお祝いの言葉に、
うれしくてうれしくて泣きそうになる。
じわりと思い出す。
記憶を何度も何度も取り出そうとする。








さあ、時間が無い。
昼食を取れる時間は限られている。
お昼の校内放送も始まり、給食委員が今日の目当てを読み上げている。
三橋は頑張って食べている。
雨の日、今日の昼休みは外に遊びにいけないので、
図書館にはたくさんの児童が集まるのだろう。
阿部の当番の日で、また会えるのかと思うと更にうれしくなる。



もらった「おめでとう」の言葉は、
その日から三橋の宝物になったのだ。









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OPQRSTUVWXYZ

ミハ、お誕生日おめでとう!

小学校シリーズで最初に創った話でした。


2010/5/17 UP





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