月篠あおい Side
今日が最初のいろは 7
「と」
『特別』
「特別」という言葉の持つ響きが栄口は好きだった。
誰かが誰かの「特別」になる。
その偶然、もしくは必然を成したのは神なのか。
「じゃあ、阿部先生にとって、三橋は特別なんだ」
「るせーよ」
ああ、こんな風に照れてる阿部先生なんで滅多に見られるもんじゃない。
不謹慎にもわくわくする。
「想いは伝えないの?」
「三橋にか?オレは教師だぞ」
「教師である前に、人間でしょ?」
阿部先生の瞳に混じる憂いの色は、栄口の心にも水滴のように色を落とす。
三橋に出会って、阿部先生は変わった。三橋もそうだ。
気づいてしまったら、きっと戻れないんだよ。
「……春になって、卒業してから。ちゃんとこの場を離れて、
別れてから、どんな形でも伝えようとは思っている」
「ああ、そうだね」
そういう考え方もあるんだ、と栄口は思う。
別れの前に、何としてでも自分の想いを伝えようとする、
そんなヤツもいるけれど。
「そういや栄口先生は、どうなんだ?」
阿部先生の含みのある声に、身構える。
「…何が?」
「こないだの飲み会の後、水谷となんかあったのか?」
さすがにね。
そういうトコ、鋭いね。
『好きだよ、栄口先生』
紡がれた言葉に、栄口は戸惑うばかりで。
出会ってしまったのは。
偶然か、それとも必然か。
別れは近い。
たぶん近い。
けれども。
いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん
2006/8/18 UP