月篠あおい Side





今日が最初のいろは
「ほ」



『抱擁』










阿部は、あんまりにもびっくりして声も出なかった。



いつもの放課後、いつもの生活指導室。
三橋に勉強を教えているのも、もう日課になってしまった。
だが今日はちょっと様子が違う。



「阿部、くん」
三橋に泣きながら抱擁されていて、
触れてくる唇は柔らかく、何度も頬や鼻や唇を啄ばまれていた。
浮いていきそうな意識を阿部は無理やり現実に引き戻して
三橋の体を自分から引き剥がした。



「どうした」
「うぇ…うえぇ」
三橋の涙は止まらない。
いったいどうしたというのだろう。
「泣いてちゃ分かんないぞ。ずっとお前に言ってきただろう?
ちゃんと言わないと何にも分かんないぞ。オレも。
ただ泣きたいだけなら、このまま泣いていてもいいけどな」



「あべ…くん」
「ん」
「阿部くんが好き、です」
「うん、知ってる」
そんなこと、とっくに知ってるし。
自分の気持ちにもいい加減気がついていた。
「…卒業、したく、ない」
「三橋…」





春待ちの季節だった。
卒業の春が、すぐそこにやってきていた。















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2006/7/5 UP





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