月篠あおい Side





今日が最初のいろは 46
「せ」



『世界』
(『も(問題)』の続き)






世界に光が満ちたのだ。
阿部と出会ってから、三橋の人生には。




泉は小さな小さな声で三橋に言った。
「阿部先生のこと、好きなのか?」




『先生』と、泉の呼称に真面目な話なんだとさすがに三橋でも気が付いた。
素直に、シンプルに答える。
「好き」
「それってどんな好き?憧れとは違うのか?」
阿部と出会う前は、三橋にとって
世界は何の色もついていないようなものだった。
見るものすべてに色がついて、こんなに綺麗な場に自分が立っていたことを知る。
それほどのものを分からせてくれた阿部を、好きにならないはずはなかった。
憧れでしかないのか、そうでないのかは分からない。
たとえ卒業で、何もかもが終わるのだとしても、好きは好き、なのだ。
阿部のことを考えると、彼の笑顔を思い出すと、切なくて、涙で視界が揺らぐ。



「三橋」
「わか、んなっ…いよ。好きは、好き、だよ」
「うん、そだな」
頭を優しく撫でられて、余計に嬉しくて涙が出てしまう。
「好きは好き、だよな。自分の気持ちをまず受け入れてやんなきゃな。
でもなあ……」
「泉君?」
頬杖を付きつつ、窓の外を泉はぼんやりと見上げる。
夕暮れの空、ダークグレーの薄い雲は太陽より赤い色を纏って移動している。
「こんなに近い場所に居んのに、近くに居るからこそ、
向こうは大人でオレはガキで、それを思い知らされてしまうんだよなあ」
どこか遠くを見たまま、そう言葉を泉は落とした。
「そ、それってハマちゃんの、こと?」
「ん」
「……好き、なの?」
「ん。……もう、あいつがいない人生はちょっと考えられないな。
向こうに愛想つかされたら終わりだけどな」



泉の昔なじみで教師もである浜田には、
三橋も何度も美味しいものを浜田の家でご馳走になっていた。
いつも2人がじゃれているのを見ているだけで楽しかった。
寂しく笑う泉に、三橋はどう言葉をかけてよいのかが分からない。
「こ、これっ」
だから持っていたアップルティーのペットボトルを泉に向かって差し出した。
大体それは泉が三橋のために買ったものなのだが、
そこら辺までは三橋の考えが及ばなかった。
泉は吹き出しつつ、「ありがとな」と言って受け取ろうと手を伸ばす。
2人でまだ温かいアップルティーに手を添えて、顔を見合わせて笑った。







人を好きになると、自分が生きる世界が変化する。




卒業しても、大好きな阿部から離れてしまっても……。










世界に色は残るだろうか。
















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2007/11/27 UP