月篠あおい Side





今日が最初のいろは 44
「ひ」



『秘密』











今9組では「ちちんぷいぷい」という呪文が流行っている。




冬も終わりのある体育の時間、9組のバレーボール選択組は
かなりヒートアップしていて、テンションがかなり異様だった。
ラインぎりぎりのボールを取りそこなって、泉は体育館の床を転がっていった。
「いて!」
肩を打ったのか、ちょっとばかりじんじんしている。
「だ、大丈夫っ?」
三橋が慌てて駆け寄ってくる。
「たいしたことねーよ、続けてろ」
「動かないで!」
「あ?」
肩を擦りつつ、三橋が何か言っている。



いたいの いたいの とんでけ
ちちんぷいぷい ちちんぷいぷい



真剣な顔つきで唱えるそれに、泉は呆気にとられ、
いつのまにか集まっている9組の連中は爆笑していた。
「うおーっ、三橋それ何っ」
「呪文、呪文かよ!」
「泉ぃ、効いてるかっ?」
泉は舌打ちしつつ、「るせーよ、お前らは!」と返す。
そしてぐらぐらしている三橋に訊いた。
「それって、痛くなくなるおまじないかなんかなのか?」
首を大きく縦にぶんぶんと振りながら、三橋は答えた。
「お、教えてもらった、これ阿部くんに!」
黒い笑顔が皆の脳裏に浮かんだのか、
沈黙が唐突に9組ズの頭にどかんと落ちてきた。
「ほんとは、ケガ、した時につかうおまじない、なんだって。
オレも、転んだ、時、やってもらった。ヒザ、痛く、なくなった、よ!」
三橋の一生懸命なその説明に、再び場が盛り上がる。
「マジか三橋?」
「知らなかった!」
「スゲー!!」
「阿部っち、案外物知りなんだよな」
阿部を褒められて、三橋はすごくうれしそうだ。
三橋のヒザに手をかざし、
ちちんぷいぷいと唱える阿部を想像すると泉はちょっと笑える。
きっと少しは心配顔なんだろう。
それは三橋にしか見せていない顔かもしれなかった。




その後。
バレーコートで誰か転がる度に、「ちちんぷいぷい」と唱える声が
体育館内に響いていたのは言うまでもない。




盛り上がるのはいいのだが、それが阿部にばれたらかなりまずい。
誰だって、さすがに自分は可愛い。
ただ選択バレーの連中以外にも、阿部っち親衛隊の隊員だけには、
「阿部っち日記」を通じて広めてしまおうと泉はこっそり思う。
楽しいことは皆で共有が、親衛隊のモットーだから。









今9組では「ちちんぷいぷい」という呪文が流行っている。



だけどそれはほら。
秘密、秘密の呪文。










いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2007/10/8 UP