月篠あおい Side





今日が最初のいろは 43
「ゑ」



『延々』
(『し(始末)』の続き)








細工は流々。
仕上げを御覧じろ。











宴は今まさに始まろうとしていた。



文化発表会の夜、その打ち上げが行われるのは、
結婚式の披露宴にも使われるような大きな会場だった。
西浦中学校は大きな学校である。職員の数は50人を軽く超す。
全員入る会場は限られていて、毎年大体お馴染みのところだ。
披露宴なら主役の2人が座っている場所にステージが設置されていて、
その場所にマイクを持って田島は1人言葉を失くしていた。








田島はぐるぐると廻っている記憶を整理する。



花井と生徒会室の窓から見上げた満月はとても綺麗だった。
校舎が閉められるのに伴って田島は学校を出た。
職員室を出る時に教頭と目が合って、ぺこりと頭を下げた。
今日の文化発表会、勝手をしすぎた自覚はあった。
まだ打ち上げが始まるには時間がある。
一度帰宅してぎりぎりに会場には行こう。
阿部さえやり過ごせばなんとかなるだろう。



ぎりぎりに会場へ着くと、受付には篠岡がいた。
「お疲れさまです、田島先生。席決めますのでクジ引いてくださいね。
今日の番号はお楽しみ抽選会やその他にも使いますから」
クジが入った箱を差し出される。
「ほーい」
箱をかき回してそのうちの1枚を取り出す。
開いて田島は声を上げた。
「おおっ1番だ!ラッキー!」
篠岡はにこにこと笑って、『夜の文化発表会の手引き』と書かれた1枚の紙を差し出す。
上に抽選番号を書く欄があって、1番と手書きで書いてあった。
会場を覗くと丸テーブルが7つ程あった。
手引きを見ると1番の席は入口近くの『薔薇』と名まえのついていたテーブルだった。
「……ねえ、しのーか」
「はい?」
「阿部先生の席ってどこ?」
「……えと、奥のステージ際だと思ったけど」
「よっしゃ!……ありがと!」
同じテーブルじゃなければ、多少は攻撃を防げるだろう。
『薔薇』のテーブルには水谷が座っていて近付く田島に向かって手を振っていた。
「ねーねー田島先生、この番号何だろ?」
席に座って手引きに目を通すと、開会宣言や乾杯、閉会宣言のところ、
その文字の後に番号が振ってある。
2人して首を傾げたところで、幹事で今日の司会をやることになっている
級外の先生の声がマイクから響いた。




今回の打ち上げはいつもとはかなり趣向が変わっていた。
手引きに振ってあった番号は、なんとその番号が当たった先生が、
開会宣言その他をしなければならなかったのだ。
普通校長教頭教務辺りが担当の大事なもんを一般の先生に割り当てている。
その代わり校長は『校長先生のお話』のところで話をするらしい。
「ぎょっ!オレ2番だ!乾杯の音頭オレかよ!」
と、叫んだのは水谷だった。
その声が聞こえたのか、隣のテーブルで栄口が頭を抱えている。
1番は開会宣言担当らしく、田島は「開会宣言当たっちゃったなあ」と笑う。
「では開会宣言をお願いします。1番引いた先生!誰ですか?」
「はーいっ!」
元気に手を挙げ返事をした。
そこまでは、よかった。



ステージ上に立つと、皆の注目を浴びる。
その場が静まり返った。
田島が慌てて司会の先生の方を見ると、にっこり笑顔で手を上げ、一箇所を指差している。
視線を移すと今日の進行が式次第のように大きく広用紙に書かれて壁に貼ってある。


1.開会宣言 & 今日の反省


手引きにはなかった「今日の反省」の文字に田島は言葉を失くした。
もしかしてどこぞの誰かに謀られたか!
ステージ脇の『百合』のテーブルを見ると阿部の黒い笑顔が爆発していた。
こうなりゃ、腹を括るしかない。マイクを握る手に力を込めた。
田島は大きく息を吸った。
「『夜の文化発表会』の開催を宣言します!そして、」
深々と頭を下げる。
「今日は勝手して、すいませんでしたっ!!」



「すいませんでしたっ!!」と阿部の隣の席で、
浜田も立ち上がって声を張り上げ頭を下げる。
変わらず静まり返った場はこのまま延々続くようで焦るが、今更どうしようもない。
だが沈黙を破ったのは校長だった。
耳の無い未来の猫型ロボットにその容貌と体型が大変似ているため、
教師や生徒からもこっそり「どらちゃん」と呼ばれている校長が
ぱちょぱちょと笑顔で拍手をしていて、その一瞬後に会場中が大爆笑に包まれた。
乾杯のためのお酒を配っていた会場の従業員や仲居からも思わず笑いが漏れる。
田島のステージジャックにどうやら1番ウケていたのが校長だと皆が知ったのは、
次の『校長先生の話』が始まってからだった。









「皆に向かって1度きちんとけじめをつけておくと後が楽なんですよ。
謀ったのはオレだから、篠岡先生をいじめないように」
水谷のウケをねらってばっちり外した音頭での乾杯が終わって、
すぐに篠岡のところに詰め寄った田島を軽く往なして西広は言った。
「来年もなんかやらかしてくれるんでしょう?田島先生」
「……その、つもりです」
「個人的にですが、来年もまた楽しみにしてますから。
阿部先生の血圧をあまり上げない程度にしてくださいね」
そう笑顔で西広に言われると返す言葉もなかった。
あきらかに大人なのは向こうだった。




「田島!」
大きな声に振り向くと阿部が笑顔で手招きしている。
横では浜田が項垂れている。
思うにどうもいろいろと謀られてしまっているようだ。
仕上げにさっさと怒られて、さっぱりするのもいいかもしれない。
その辺のテーブルにあったお酌のためのビールびんを掴んで、
田島は阿部に向かって歩き出した。








いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2008/3/16 UP