月篠あおい Side





今日が最初のいろは 41
「み」



『耳元』







あまりにも突然で。
指が震えて、三橋は上手く携帯電話の着信ボタンが押せない。
表示された「阿部くん」の4文字。
喉も震えて、声が途切れる。




「あ、……阿部、くん?」
『三橋、……もう寝てたのか?』
「ね、寝て、ない、よ!」
確かに今はベッドの上で、クリスマスイブに阿部からもらった言葉が入っている、
携帯電話を握り締めて眠る直前ではあったのだが。
『明けまして、おめでとう』
阿部の声が新年を迎えて真夜中の、静かな空間の中に響く。
「お、めでとう」
『ちゃんと勉強してっか?
この時期、数学は1問でも問題を多く解いたほうがいっからな。
風邪はひいてねーか?正月は食いすぎんなよ。体調管理も大事だからな』
携帯電話からの声。
三橋の耳元で響く、大好きな阿部の声。
『三橋……泣いてんのか……?』
「……な、」
泣いてなんかない、と返そうとして、三橋は目から溢れる涙に気が付いた。
メールだけじゃなく、直接電話ももらった。
声が聞けた。
幸せで幸せで、だから泣けてしまうのだろうか。
「電話、ありが、と」
『……クリスマスにもらったメール、上手く返せなかったからさ。
電話できてよかった。そっちからもいつでもかけてきていいからな』
「うん」
『泣くなよ』
「……阿部、くん」
『ん?』
「阿部くん、……好き、です」
抑えられなかった。
阿部への想いは溢れて声になってしまった。
もう何度目だろう。ほんとに何度目なんだろう。
『ああ、知ってる。……ありがとう』
それは学校では聞いたことがないくらい優しい阿部の声で、
三橋は余計泣けてしまった。








強くなりたい。




冬が終わり春になって、
卒業という本当の別れの日がやってきた時に、
泣かないでいられるくらい強くなりたい。
阿部がいなくても1人で立てるくらいには、強く。




自分を変えてくれた阿部の気持ちに報いるためには、
精一杯自分の人生を生きることなんだと三橋は思う。








年は明けてしまって、いよいよ受験も本番だ。
耳元に阿部の優しい声を響かせながら三橋は、
頑張ろう、と気持ちを強く持った。















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












back



2008/2/7 UP