月篠あおい Side





今日が最初のいろは 40
「め」



『迷惑』

(2007クリスマス記念)





緊張で震える指、ひとつづつ、言葉を紡ぐ。




たった1行の文なのに。
送ってしまうことが迷惑になってしまうのではないかと
不安を抱えて三橋はクリスマスイブに独り、
自分の部屋で携帯電話を握り締めている。




「メリークリスマス」
聖なる夜に、三橋は阿部に言葉を送りたかった。




携帯電話のメルアドを訊いたのは三橋のほうからだった。
「勉強でわかんないとこ、尋ねたい」とそう言って。
冬休みで長く離れてしまう不安を少しでも解消したくて、
やっとの思いで二学期の終わりに我儘を言ってみた。
「メール苦手だから、生徒に教えるのはお前が初めてだな」
笑顔でそう言って、メルアドだけじゃなく、電話番号も教えてもらった。
番号を交換できたのがとてもうれしくて、
阿部の番号とメルアドを登録した電話帳をずっと眺めていた。




さすがに電話を直接かける勇気は出なかったが、
メールでなら伝えることができるかもしれない。
勉強のことじゃないけど、迷惑になるかもしれないけど、
それでも送りたかった「メリークリスマス」。
深呼吸をし、送信ボタンを押す。
もしかすると返事なんてこないかもしれないけど、
それでも伝えたい言葉があるのなら、勇気を振り絞る価値はある。




ディスプレイを閉じて、ベッドに三橋は突っ伏した。
期待はしない、読んでくれるだけでいい、と思っていても、
携帯電話を抱えつつ高鳴る胸の鼓動も、
耳を澄ましてしまう自分の行動にも小さな期待が混じってくる。
ベッドに横になり、眠りに引き込まれそうになって瞼を閉じかけた時に
メールの着信音が鳴った。
阿部だった。




返信で戻ってきたメールは自分が送ったのと同じ文面で、
飾り気のない「メリークリスマス」だけだったけれども、
すぐにそのメールに保護をかけ、ディスプレイを見つめ続ける。
そのメールを閉じて、またしばらくして開ける。
何度も、何度も繰り返す。
幸せで、泣けてくる。
初めての、阿部からのメールだったから。
大好きな阿部からの。




「メリー、クリスマス」
三橋は呟く。
幸せを抱えて、阿部の言葉が入ったこの携帯電話も抱えて、
今夜はこのまま眠りにつこう。
もしかすると夢の中で、
阿部がサンタクロースになって出てくるかもしれない。
そして。




世界中の誰もが、幸せなクリスマスを過ごせますように。
そう願わずにはいられなかった。



















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2008/2/7 UP