月篠あおい Side





今日が最初のいろは 36
「あ」



『愛情』











昼休みの、中ほどのまったりとした時間だった。
冷たさが少し残る、だが心地良い風が開け放たれた窓から入ってきていた。
季節は卒業式を目の前に控えたそんな頃。
優しく咲いている梅と桃を堪能し、桜と春を待っていた。



特別教室棟の渡り廊下傍、階段踊り場の隅に、オレ、三橋と泉君は座り込んでいた。
「オレたち親衛隊の阿部っちに対する有り余るほどの愛情は分かるよな?」
オレの手を取って、泉君がマジな顔でそんなことを言う。
「も、もちろんだ、よ」
ぶんぶんと音を立てそうな勢いで頷くと、
泉君は口の端を上げていたずらっ子のような笑みを見せていた。
「やっぱさ、隊長が参加しないと他の隊員に示しがつかないんだよなあ…」
「……?」
「で、『りんご』いくつ賭ける?」
「……賭け?」
首を斜めに傾けて、問うてみる。
「そう。オレらの阿部っちが卒業式で泣くかどうか。隊長はどっちに賭ける?」



愛情は、「好き」という気持ち。
誰にも負けないくらいには、阿部くんに対してその気持ちをオレは持っていた。
「オ、オレ、『りんご』50個!!」
「おお、スゲーっ。三橋、金持ちだな!!……で、どっち?」
「え、と、あの…」
戸惑っていると、上から声が降ってきた。
「『りんご』ってなあに?」
見上げると水谷先生の顔があって、オレはびっくりしてその場を飛びのいた。
「みっ、みっ…」
「水谷先生、先生も賭けに一口のらねェ?」
「泉ぃ……、教師を賭けに誘うなよ」
「だってさ、田島先生は参加してるぜ」
「えー、マジかよ!で、何のネタでこの時期に賭けなんてやってんだ?」
動じる風でもなく泉君は水谷先生と話を始めた。
オレはおとなしくしていようと、座り込んだ水谷先生に自分のいた場所を譲る。
膝を抱えて蹲る。
「阿部っちが卒業式で泣くかどうか。先生どう思う?」
ちらりとオレの方を見て、水谷先生は意味深に笑った。
「へえそりゃ面白い。そーだなー、泣くだろ。
昔っから結構涙もろかったりするんだよな、あれでなあ」
「だよな!!!あの怖い阿部先生が泣く訳がないって思ってるヤツも多くてさあ」
なんだか盛り上がっているようで、膝を抱えてぼんやりと2人が話すのを見ていた。



阿部くんは、卒業式で泣くんだろうか。
もし泣くとしたら、どうして泣くんだろう。



先生達もお別れは辛いのかな?
毎年のことで慣れてしまってるんじゃないのかな?





少しでもオレとの別れを辛いと思ってくれればいいな。
大好きな、大好きな阿部くんが。


少しでも。








いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2007/11/9 UP