月篠あおい Side





今日が最初のいろは 35
「て」



『偵察』











放課後の、陽も落ちてかなり遅い時間だった。
辺りは暗くなっている。
季節は卒業式を目の前に控えたそんな頃。
優しく咲いている梅と桃を堪能し、桜と春を待っていた。



場所は図書準備室の次に居心地がいい保健室だった。
オレ、水谷の前で、西広先生と保健室の住人千代ちゃんが爆笑している。
いやそこ笑うとこですか、お2人さん。
「お付き合いしてるんですか」と訊いてしまったオレのどっかが変ですか?
どんぶりフルーチェを抱えたまま、固まってしまうオレだった。




「ここはやっぱり栄口先生に『りんご』1個でしょう、西広先生?」
可愛い笑顔の千代ちゃんが西広先生を見つめてる。
「おや篠岡先生。そうきましたか。
その単位をここで使うということは、3年生の動きをしっかり把握してますね。
いやオレはやっぱ国語科の1年辺りに『りんご』2個」
「3年生、黙認されるおつもりですか?」
「そうだなあ、どうしようかな。彼らにとっては最後の可愛いお遊びだしね」
西広先生はいつものようににっこり笑顔で。
それはそれは仲が良さそうで、自分を放って盛り上がる2人に
自分が発した質問の答えはもういらないんじゃないかと思うほどだった。
でもその2人が何を言っているのかがさっぱり分からない。
りんごって何っ。
ちょっとばかりふらついていたら2人が笑うのを止め、こちらを見て言った。
「「さて、問題です」」



「水谷先生」
西広先生の落ち着いた声が届く。
「……は、はい」
「水谷先生を偵察に寄越したのは、1番栄口先生、2番噂好きの国語科の先生方、
3番その他……さてどれでしょう?」
「えーと、2番……」
ここは正直に答えてみる。栄口先生の名が出たのにはどきりとしてしまうけど。
西広先生は嘆息している。
「しょうがないな…あのおば様方は。たぶんそうだと思った。
栄口先生だったら直接訊いてくるだろうしね」
「確かにそうね、『りんご』1個取られちゃったわ」
「……あのーそれで質問の答えはいただけるんでしょうか?」
さすが学年主任というべきか、三役ほどではないにしても
学校内のことがよく見えている。
「見たまま感じたままを答えてくれていいよ。
たぶんその内本人達が突撃してくると思うから」
ああ、ほんとによく見えている。
「さ、せっかく持って来ていただいたのに。フルーチェみんなで食べましょう」
ガラスの器とスプーンを人数分抱えて千代ちゃんは笑っていた。
「……お幸せに」
思わず口から出てしまった言葉に、更に笑われてしまっていた。



穏やかに。
西広先生と千代ちゃんのように、穏やかに幸せになりたいなと思う。
それには栄口先生の笑顔だけは必須だよなあ。



奇跡がおきますように。
もう1年だけでいいから。
栄口先生の笑顔が、オレの傍に在りますように。



必死になって願う。
その願いは叶うだろうか。








いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2007/11/9 UP