月篠あおい Side





今日が最初のいろは 33
「こ」



『刻々』











慣れ親しんだこの場と離れてしまう日が刻々と近づいてくる。




秋の終わりの生徒会室。
いつもの窓際で、雲が多めの空を見上げつつ、
田島はパックの牛乳を2.3個抱えて飲んでいた。
「そんなに飲んでどうするんです。つか、その牛乳どうしたんです」
ここの住人の筆頭で生徒会長である花井が声を掛けてきた。
「背、も少し伸びねえかな、と思って」
「牛乳と背の関係は最近の説ではかなり微妙ですが。
その前にいい加減成長期は終わってるんでは」
「るせー」
花井は田島の傍に立って、その高い身長のまま見下ろしてくる。
田島は笑顔の花井を睨めつけた。
「……背の高いヤツは、」
嫌いなんだ、と、言おうとして言えなかった。
田島は花井のことがいくら背が高くても嫌いなんかではなかったし、
どちらかというと困惑するくらい好きになってしまっていた。









   花井は、
   オレを置いていってしまうのに。









田島はどうしたらいいか分からなかった。
もうしばらくするとこの生徒会室にも新しい住人がやってくる。
生徒会顧問なので自分の居場所はあるはずだけれども
そんなの花井がいなければ心地良い場にはならないことに気が付いていた。
大事な「人」が居てこその「場」である。
生徒会長の任期終了と共に、この大事な場はなくなってしまうだろう。
それだけではなく、花井は卒業と同時に田島を切り捨ててこの学校から去ってしまうのだ。





「でも170はあるでしょう、田島先生?」
「ある、けど、それじゃ足んねぇよ」
「そりゃまたどうして…?」
田島の顔を、花井は笑みながら覗き込む。
何故かと問われても、明確な答えを返すことができなかった。
自分でもよくは分からなかった。
分からないことがたくさんありすぎて、最近どうにもならない。





田島は、どうしたらいいか分からなかった。
分からないまま、花井が好きだ、という気持ちをただ抱えていた。
それだけだった。





気持ちを持て余したまま、時間だけが過ぎていく。
刻々と。











いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2007/9/23 UP