月篠あおい Side





今日が最初のいろは 31
「け」



『原因』











クラスの生徒である泉から
「最近、三橋が欠席のヤツの牛乳もらいたがってるんだけど
阿部っち、何かその理由について心当たりあったりする?」
とオレ、阿部は問われてしまい、
夏の青空を窓から見上げて途方に暮れていた。
心当たりもなんも、原因はたぶんオレだ。




あれは2週間くらい前の話だったと思う。
「あ、阿部くん、牛乳っ」
いつもの放課後、いつもの生徒指導室で三橋は
オレが来るなり、持ってた牛乳の四角いパックを差し出してきた。
「なんでまだ持ってるんだ!牛乳は基本お持ち帰り禁止だぞ!」
怒ったのに三橋はまるで聞いていなくて
「へへ、今日じゃんけん買った。お休みの人の牛乳もらった」
と、両手の上に牛乳をちょこんと乗せている。
「でもお持ち帰りはだめなんだぞ、三橋」
脱力しながらもそう言うと、ふるふると首を振っていた。
「お持ち帰らない」
「ああ?」
「これ、阿部くんに」
……オレ、に?
教師にも、もちろん牛乳は毎日あるんだが。
「阿部くん、怒ってばっかなのはカルシウムが足りないって
みんなが言ってた。だから、阿部くん、飲んでね」
「よ、余計なお世話だっ!」
怒鳴ったら三橋がうるうると涙を零し始めたので、
オレは慌てて牛乳を引っ手繰ると
ストローを突き刺し、一気に飲み干した。
みんなってのはあれだ、親衛隊の連中だったりするんだな?
どうも最近あいつらから遊ばれているような気がしている。




それから、三橋は欠席者が出ると争奪戦に勝って牛乳をもらって
にっこり笑顔で、オレに差し出すようになっていた。
そんな怒ってばっかなのか、オレって。
「阿部くん、笑って?」
最近は怒る度に三橋がそう言うので、引きつりつつも笑ってみる。
自分に笑顔なんてたいして似合わないって知っている。
笑顔の方が逆に怖いんじゃないだろうか。
「じゃ、お前も笑え。すぐ泣いてんじゃねぇぞ」
「う、うん」
それでも自分が笑うことで笑顔になる三橋が見たかった。



少しでも幸せな時間をあげたかった。
「好き」だという気持ちには応えることができなかったから。



このままカルシウムを取り続けたら、
オレはあまり怒らなくなっていくのだろうか。
そんな風に自分の中の何かが変わっていってしまうのだろうか。
「もう背は伸びないだろうがな…」
言葉を零したら、三橋が笑った。
その笑顔だけでもいいかと思った自分に、少し驚いていた。












いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん












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2007/9/23 UP