月篠あおい Side





今日が最初のいろは 30
「ま」



『満月』
(『の(濃紺)』の続き)










住人が替われば、場所の雰囲気は自ずと変わるものだ。
例えば校長が替わると、学校全体が変わっていくように。
心地良い場所には、何度となく足を運ぶことが多くなってくる。
保健室もそうだった。
いつも笑顔で迎えてくれる保健室の住人である『千代ちゃん』。
気が付けばだんだんとオレ、西広の中で彼女の存在は大きくなっていた。





濃紺の空、その色を時間がますます濃くしていって
いつしか夜の闇がしっとりと世界を覆っていた。
東方の遥かとおくには、満月が顔を覗かせている。
目の前には赤い顔をしてこちらを見ている可愛い女性(ひと)。
驚かせてしまったかな、と思う。




「あなたが好きです」と、重ねて言った。




春が来る前に気持ちを伝えたかった。
あなたがいる保健室という場所に癒されていると。
その場所を作り上げたあなたのことを好きになっていたんですよと。
実際上手くは言えなくて、思ったよりもストレートでシンプルな表現に
自分でもびっくりしてしまったのだが。
現在彼氏はいないと本人から聞いて知ってはいるのだが
振られる可能性ももちろん覚悟の上で。




「お付き合いしていただけるとうれしいな、と思っているのですが」
視界に入った淡い色の満月に背中を押されて、更に言葉を絞り出した。




「あ、あの…西広先生」
「はい」
「私でいいんでしょうか…?」
向けられた表情は真剣で。
じわり、と熱い気持ちが立ち上ってくる。
「あなたがいいんですよ。他の誰かじゃダメなんです」




気が付くと、目の前に差し出された手。
「よろしく…お願いします」
消え入るような、それでもちゃんと届いた篠岡先生の声と
ふわりと柔らかい目の前にある笑顔が嬉しくて、
その白くて小さな手を優しく両手で包み込んだ。








世界に浮いている冷えて冴え冴えとした
真冬の満月が綺麗な夜のことだった。
















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん



西広先生!お誕生日おめでとう!

もしかしなくても、中学校シリーズで一番かっこいいのは
西広先生じゃなかろーか…。









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2007/2/10 UP