月篠あおい Side





今日が最初のいろは 29
「や」



『約束』
(『な(内面)』の続き)










田島は誘うように、花井の前で目を閉じた。





心臓の音が花井の身体全体に、駆け巡っているように聞こえてくる。
目を開けたまま、顔を近づける。
田島の顔に散っているそばかすに、そっと滑らせた指先で触れて。
こんな間近で顔を見たら、何度でも見惚れてしまいそうだった。
上手いキスの仕方なんて分からないけれど、
触れたいと思うその心のままに、唇をあわせた。
腕をまわして、再度抱き寄せた。
田島が求めに応えてきて、口付けがだんだんと深くなる。




本当は好きだと言いたかった。
でも言えなかった。
もしも言えたら楽になるのだろうか。
それすらも分からなかった。
まだ、そんなに人生経験は積んでない。




花井はまだ子どもでしかなくて、
田島が結局のところ何を考えているのかが分からなかったのだ。







深みにはまって感情を抑えることが出来なくなる前に
唇も身体も離して、それでも生徒会室に2人動けないでいた。
「梓」
田島が俯いたまま、名を呼ぶ。
家族以外では誰にも呼ばせてない、「梓」という下の名前。
その名を呼ぶのは田島だけだった。
「…なんすか」
「ひとつだけ、約束をしようか」
「約束…」
「卒業式が終わって、見送りの前に1度ここで会おう」
卒業式の日。
生徒会役員と先生は校門での卒業生見送りのために外に出ていて、
ここ、生徒会室には誰もいないはずだ。
「いいっすよ。2人だけの、約束で」





本当はずっと好きだと言いたかった。
卒業の日、田島に会う最後の日だったら言えるのだろうか。
それで終わらせるのも、悪くはないと花井は思っていた。
自分の気持ち、ちゃんと伝えて。




後悔だけはしないように。












いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん





2007/4/28UP



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