月篠あおい Side





今日が最初のいろは 23
「む」



『無言』
(『ら(来年)』の続き)
(2006クリスマス記念)









この1年の間に、
こんなにも好きになっていたのだ。





オレ、栄口が水谷先生への自分の気持ちを自覚して
まだそんなに日は経っていなくて。
戸惑いも大きく、気持ちは持て余したままで。
……それでも。






「…せんせ」
「……」
「そんなに力入れられたら、苦しいんだけど」
「あ、え、ごめんっ」
腕の力が抜けて、身体がやっと解放された。
オレは振り返って水谷先生の方を向いた。
闇は校舎内の何処をも侵食していって、
どんな表情をしているのかはよく分からない。
下ろしていた両手を包み込むように握られる。
冬の季節の寒い校舎内で、そこだけは暖かさを感じている。





「水谷せんせ。メリークリスマス」
「うん」
「オレはサンタじゃないから、水谷せんせの願いは
どこまで叶えてあげることができるかは分からないんだよ」
「……うん」
ずるい、と自分のことを思っていた。
春にどんなことになっていても、たったひとつだけ、
彼の願いをかなえることが出来る方法はあるのだけど。
今はまだ、そこまでの気持ちが自分の中にあるのかどうかが問題で。
「…水谷せんせ、じゃ、オレのお願い聞いて」
「え?」
「クリスマスプレゼント、欲しいな」
「うん、いいよ。何が欲しいの?」
「今、ここで、…キスして」





それからは2人、無言だった。
言葉はひとかけらもいらなかった。
オレの指は動いて、両手とも水谷先生の同じそれに
しっかりと絡ませあう。
腕はやはり下ろしたままで、目を閉じて身体だけを近づけた。
あたたかくて柔らかいものが、
場所を確かめるようにやさしく触れて、ちょっと離れて
また触れて、今度はしっかりと口付けられた。
じわりと体温が上昇していくような感じ。
明らかに自分の心にも熱があるのに。








「好き」と言える勇気がなくてごめんね。



でも祈りだけは、神に捧げて。








メリークリスマス。
















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2006/12/25 UP





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