月篠あおい Side





今日が最初のいろは 21
「な」



『内面』
「を(名を)」の続き









いつも、何を考えているのだろうと花井は思っていた。
田島の内面は、その幼さの残る言動に隠されて
なかなか表には表れないでいた。





「1度だけ、抱き締めてもいいですか?」
「いいよ」





大きく見開かれた瞳はそのままに、
田島からは簡単に肯定の答えが返ってきた。
こうなっては、もう後戻りはできない。
「田島先生。…じゃあ、ちょっとしゃがんでください」
「なんで」
「あんたは…。外から見えるといろいろまずいだろうが!」
「ああ、まずいか?やっぱ」
あっさりとしているその口調に
何処まで分かって言ってるんだろうと思う。
丸椅子から田島は降りて、窓際の床の上に膝立ちをした。
「こんなんでいいか?」
「……」
生徒会室のドアのカギを閉め、田島の前に花井は立つ。
膝立ちのまま、こちらを見上げている田島が
愛しくて愛しくてたまらなかった。
なんで先生なんだろうと、今まで何度もそう思った。




花井も膝立ちになり、田島に近づき、
そっと腕をまわして、その自分よりは小さな身体を抱き寄せた。
湧き上がる感情を必死になって抑える。
「さよなら」と声には出さず、心で言って、
田島の身体をすぐに離した。





「もういいのか?」
「…もういい…」
花井は首を小さく振った。
余計辛くなっていた。未練だ、とも思う。
「…その様子じゃ満足なんかしてねーだろ?」
田島の言葉に、熱と同時に怒りの感情が一瞬で体中を駆け巡って、
花井は震える声で、強い口調で言ってしまった。
「あのなあ!あんたなんもわかってねーだろ!
あのまま抱いてたら、気持ち止めらんなくなっちまうだろうが!
押し倒してキスしたいとか、思っちまうだろうが。
生徒に、それも男に、そんなこと言われたらあんたもイヤだろ?」
「…梓」
名を、呼ばれた。
息を呑んで、短い時間ではあったが沈黙を抱えた。






「…ワリぃ。今のは、冗談、だから」
そうやって冗談にして逃げようとしたのが分かったのか、
田島は顔を歪ませて、花井の顔を真っ直ぐに見て言った。
「お前、…冗談にしてしまうのか。それでいいのか」
花井の腕は、田島に強い力で掴まれる。
その時に、彼の内面が少しだけ見えたような気がする。
田島に対して花井が抱えているすべてのものを、
受け止めようとしているのだけは分かった。
「じゃあ、いいんすか?」
うろたえてしまい、思わずそう訊いてしまった。










田島は誘うように、目を閉じた。






長い人生、その一瞬である現在、
何かに試されているのかもしれない、と花井は思った。














いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2007/1/26 UP





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