月篠あおい Side





今日が最初のいろは 20
「ね」



『寝際』










毎年12月の半ばに、
西浦中学校全職員による一泊旅行がある。





今年度は2年生の先生グループが宴会時のイベントの担当で
オレ、栄口は水谷先生といろいろ楽しいゲームを仕込んでいた。
おかげで宴会は盛り上がって先生方には大好評だった。
けれどなんだかテンションを上げ過ぎたのか、
そしてたぶんあちこちで飲まされ過ぎたようで、ふらふらで、
同じ部屋になった阿部先生に連れられて先に部屋に戻った。
もう随分と遅い時間で、布団もとうに敷いてある。
「どうせまだ延々騒ぎは続くから、先に静かに寝てな」
そう言って、阿部先生は戻っていった。
まだ宴会は続いている。
いつまで続くのかは、さすがに毎年分からないままだ。
もしかすると酒に強い阿部先生は知っているのかもしれない。





オレは職員旅行における、寝際の時間が好きだった。
普段話さない先生ともいろいろ話し込んだりできるのだ。
でも今日はこのまま寝ちゃうんだろうなと、それだけが少し残念だった。
布団に入って目を閉じる。
うとうとしかけた頃に、誰かが部屋に入ってくる気配がした。





気配は近づいて。
傍に。
寝ている傍に。




水谷せんせ、だろ?
目を開けなくても、なんとなく分かる。




頬に触れる指の温もりに、
息が紡ぐ「さかえぐち」という微かな音に
身体の熱は3割くらい増していく。
このまま眠った振りをすることもできたけど。




ゆっくりと、目を開ける。




まるで雪が降るように水谷先生から注がれるたくさんの好意を、
「好きだ」という気持ちを全部受け止めることはできないけれど、
静かに、それは心に積もっていって、
いつしか世界の色をも変えていく。
水谷先生の揺れるその瞳を見ながら、再び。




ゆっくりと、目を閉じる。







暫しの時間を置いた後、
頬に軽いキスをして、たったそれだけで
水谷先生は部屋を出て行った。
たった、それだけで。




じわりと涙が瞑ったままの目に滲んだ。
何故泣けてしまうのかは分からなかった。




ただ落胆した心の重さの分、
何かしらの期待があったのだと、
それはきっと水谷先生が好きだということなのだと、
オレは初めてその時に自覚したのだった。















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2007/1/26 UP





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