月篠あおい Side





今日が最初のいろは 19
「つ」



『月見』

(『乱入いたします』の続き)








秋の日は釣瓶落としということわざの通り、
陽はとうに落ちて、辺りは暗くなっていた。



今日は文化発表会だった。




細々とした片づけを生徒会長の花井がすべて終わらせた頃、
再び生徒会室に田島が現れた。





「今夜は、先生方打ち上げじゃないんですか?田島先生」
「怒られるって分かってんのに、早く行っちゃうバカはいねーだろ」
そりゃ、体育館での出し物の幕間に乱入すれば怒られるだろう。
どうせ怒られるのだから、さっさと怒られてさっぱりしてこいとも
思うのだが、それは敢えて口にはしなかった。
「花井、さっき生徒は帰れって放送あっただろ。お前はまだ残ってんの?」
「放送あってから戸締りでしょう?この学校大きいから
戸締りの確認に毎日1時間以上かかってますよ。
生徒会はよく残ってるし、何も言われませんから。もうすぐ帰ります」
「三役(校長、教頭、教務)もまだ残ってっし、オレもここで時間潰そうっと!」
田島は音をたてて、丸椅子を窓際に移動させる。
「…何してんですかあんた」
「だから時間潰し」
窓から空を見上げて、何か思い立ったのか
もうひとつ丸椅子を窓際に持ってくる。
「何したいんですか、あんた」
「おいで、花井」
「はあ?」
「お月見しよう、お月見!」





花井は窓際に近づき、窓の外を見た。
昼間の時間に東の空から上がったのであろう、
きれいな満月が南の空に移動して、
落ちてしまった太陽の光を未だに浴び続けて光っていた。
「ほら、座る!団子はねーけど。なんかお菓子隠し持ってねえ?」
「ここを何処だと思ってんだ!ねーし!」
怒るとタメ口をきいてしまう。いかんいかんと花井は首を振る。
一応中学生はお菓子を学校に持って来てはいけない…はずである。
一応は。とりあえず建前は。
脱力しながらも、花井は丸椅子に腰をかけた。
2人で月を暫し眺める。




「今日は…楽しかったなー」
窓の縁に寄りかかり、田島はそう言った。
目を細めてうれしそうに笑う、その姿を見て、
花井もうれしくなる。
「これで阿部先生に怒られないと、後は楽しい宴会だけなのになー」
「それは自業自得と言うんです」
花井も笑った。今日は本当に長い1日だった。





校舎の奥のほうで、渡り廊下の扉のカギを閉める大きな音がする。
2人は、あと少し、あと少しと
ほんの短い時間の月見を楽しんでいた。





空には、満月。













いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2007/1/26UP





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