月篠あおい Side





今日が最初のいろは 18
「そ」



『卒業』










卒業式の日は
突き抜けるような青空だった。





いつもよりはかなり早い時間に、いつもの生徒指導室で。
ただ違うのは、もう阿部が三橋に教えることはないということ。





「卒業おめでとう」
そう言ったら、机に突っ伏して三橋は泣き崩れてしまった。
ぼろぼろと涙を流す、その様を阿部は黙って見つめていた。
ひとしきり泣き終えた後、三橋は言う。
「なんで、『おめでとう』、なの?」
「三橋」
伸ばそうとした阿部の手は、三橋によって簡単に振り払われてしまった。
「うれしくない、よ。めでたく、なんかない、よ」
「…おめでとう」
阿部は笑顔だった。
らしくない程に優しい笑顔だった。
「阿部、くん…っ!!」
三橋は立ち上がり、机を回り込んでそのまま阿部に抱きついた。





「あべくん、あべくん、あべ、くん…」
スーツ姿の阿部の胸に顔を埋めて、三橋は泣き続けている。
阿部はその背中を優しく撫でている。
「お前は頑張って頑張って、希望の高校にも入れたじゃないか。
ちゃんと高校、行きたかったんだろ?」
「…でも、阿部くん、は、いないんだ」
「馬鹿だな」
力いっぱい抱き締めた。
過ごした日々を思い出しながら、ただ、抱き締めた。





「めでたくてしょうがないんだよ、オレは。卒業したらやっと言える」
「……?」
「好きだよ、三橋」
三橋の鼓膜にだけ、届くように。囁き声で言った。
「え」
「好きだよ、三橋」
もがく三橋を押さえ込むように、更に腕に力を込める。
「よく、聞こえない、よ。阿部くん、もう一度、言ってよ」
掠れるような声が、生徒指導室に響いた。





「何度でも言ってやる。これからもずっと言ってやる。
オレは、三橋が好きだ」





今日で、何もかもが終わりじゃない。
始まるものも、確かにあるのだ。





だから、
卒業おめでとう。












いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2007/1/26 UP





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