月篠あおい Side





今日が最初のいろは 17
「れ」



『憐憫』

(『わ(我儘)』の続き)








浜田には泉との関係を終わらせるつもりなど毛頭なかった。
年は確かに離れているけれど、
ずっと近くに居て、ずっと大事にしてきた。
本人にこそ言ってないが、宝物のように大事にしてきたのだ。




その彼が、自分のことを「好き」だという。
年齢差も性別も立場もそんなものすべて飛び越えて
「好き」だと告げて、別れの、その前にキスをする。
そして浜田から、逃げようとしている。
逃げればいいってもんじゃない。
簡単に、終わらせてなんかあげない。





逃げようとするその手を掴まえる。
泉はもう逃げられない。絶対に逃がさない。
「泉のことさ、そういう目で見たことがなかっただけで、
これからも見れないとは言ってない」
「え」
驚いて、俯いていた顔を泉は上げた。
「だから時間ちょーだい」
少しずつ、好きになっていくのも悪くない。





「そんな簡単に、終わらせてなんかあげない」





腕を小さな身体に回して抱いて包み込む。
自分への気持ちまで全部包み込みたくなるほど、愛しさを感じた。
「…憐れまれるのは、イヤだ」
可愛い顔を歪ませて、小さく震える声でそんなことを言う。
憐憫の感情なんて一欠片もある訳が無いのに。
「何処で覚えてくるんだろうねえ、そんな言葉」
「ガッコで習うに決まってんだろ」
揺れる、揺れる大きな瞳。
衝動に突き動かされて、唇を合わせた。





触れた唇の熱さに、柔らかい感触に
愛しいという感情がふわりふわりと湧いてきて、
それと同時に、浜田はいろんな覚悟を決めた。





「泉。オレたち、つき合おう。つき合おうよ」
浜田は泉に言った。
きっと好きになる、そんな予感だけがある。
泉は何も言わず、涙を一粒だけ零した。
その涙も含めて、浜田にとっては全部が宝物だったのだ。










いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2007/1/26 UP





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