月篠あおい Side





今日が最初のいろは 16
「た」



『大切』

(『か(感触)』の続き)








ああ、もしかすると
人生が変わるかもしれない。





「阿部くん、オレのために、いつも、ありがとう」
オレ、阿部の頬に触れた三橋の唇は柔らかくて、
離れた後、涙目でそれでも笑顔で「ありがとう」という
三橋はとても可愛くて。
湧き上がってきた甘い感覚に、驚いて動けなくなる。




泣きそうになった。
大人で、教師で、生徒指導担当で、怖いと評判のオレが
生徒の言葉にその眼差しに、心奪われていた。






「大切なんだ」と気が付いた。







「オ、オレ、阿部くんを守る、からねっ」
口癖のように、三橋はそう言う。
何から守ってくれるのかは、皆目分からないのだが。
オレには怖いもんなんかなんもねーぞ。
「はいはい。つーかその前に自分を守ってくれ。頼むから」
「…自分…?」
「そう。自分をちゃんと大切にするんだ。体も心も。分かるか?」
「う…」
今は、無理に分からなくてもいい。
伝えていくことが大事だと、そう思うから。
「自分を大切に出来ない人間が、他人を大切に出来るとはオレは思わない」
「阿部、くん」
「大切にするって、甘やかすこととはまた違うからな。
つーことで、さあワークすっぞ!昨日の続き!」
三橋は慌ててばたばたとワークをめくり始めた。
「明日は西広先生が英語見てくれっから、英語も持って来いよ」
「え…えいご…」
「そ、英語」
「泉くんも、誘っていいかな…?」
「おう、いいぞ」
笑顔の三橋のその頭を軽く撫でた。






「大切なんだ」と気が付いた。





気が付いてしまったら
もう、何処にも
戻ることは出来ないようだった。




「怖いもんなんかなんもねー」と
オレはそう、呟いた。














いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2006/11/9 UP





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