月篠あおい Side





今日が最初のいろは 14
「か」



『感触』










阿部の待つ生徒指導室に三橋が通い始めて
それから初めての定期考査が終わった。
数学の成績はぐんと上がっていて、
阿部はとてもうれしかった。
これが三橋にとっての少しでも自信になって
他の教科も少しずつ成績を上げていけばいいと思っている。





「ごほうびが、欲しい、な」
いつもの生徒指導室で数学のワークを広げつつ
三橋がそんなことを突然言った。
確かにこいつは今回の定期考査で、すごく頑張ってたと思う。
ごほうびのひとつくらいあげたい気もする。
「物をあげるって訳にはいかないしなあ…」
うーんとしばらく悩んで、阿部は三橋に近づいた。





そして、頬に軽くキスをする。





思ったよりも柔らかい頬の感触に
驚いたのは阿部のほうだった。





「ああ、あ、阿部、くん?」
三橋は顔をそれはそれは赤くして、硬直している。
「お前、オレのこと好きだっていってくれっから。
ごほうびな。数学はよく頑張った」
阿部はこの学校でも、その厳しさ故か生徒には怖がられているほうだった。
でも三橋が、集団の中に上手く入れずに引きこもっていたあの三橋が
阿部を前にして怖がりもせず、ずっと阿部に対して
「好きだ」と言葉を投げ続けているのだから、絆されもするだろう。






三橋はその大きな目に涙をいっぱい溜めて、言った。
「…じゃ、オレも」
突然立ち上がった三橋は、阿部の首に手を廻し
お返しとばかりに頬に唇を寄せてきた。





感触はやはり柔らかく、
阿部は三橋が自分の傍を離れるまで、
身動きひとつできなかった。





「ありがとう、阿部くん」
にっこりと笑って、三橋は言った。
湧き上がる甘い感覚を、阿部は自覚する。









人生が、変わるかもしれない。















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2006/11/9 UP





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