月篠あおい Side





今日が最初のいろは 13
「わ」



『我儘』

(『る(涙腺)』の続き)








浜田が名を呼んだけれど、泉は振り向かなかった。
一刻も早く、浜田の部屋、浜田の家、
浜田のテリトリーから逃げ出したかった。
学校では会ってしまうけれど
担任ではないので、週に2時間くらいの
家庭科の時間は我慢すればいいだろう。




そして忘れてしまうんだ。
この恋心、風化させて塵にしてしまうんだ。
「泉」
再び呼ばれるも、泉は振り返らない。





さよなら、浜田。大好きだったよ。





いつの日かただの先生と生徒になって
顔見て笑える日が来るといいな、と思う。








「また、明日もおいで。泉の好きなシフォンケーキ焼いて待ってるから」
掛けられた言葉に浜田の部屋のドアの前、思わず振り向く。
浜田は追いついて来ていて、泉の手首を掴んでいる。
「何言ってんだ、オメーはバカか?もうこれねーよ。終わりだよ」
「オレは終わりにするつもりなんかないよ」
「ふざけんな!これ以上辛い思いすんのはごめんだ!」
泉は叫んだ。
辛くて辛くてしょうがなかったのだ。
もうそんな想いを抱え続けるのは嫌だったのだ。
「浜田、離せよっ。…痛っ」
手首を掴む手に力が込められる。
体格差は歴然としていて、逃げられやしないのは分かっていた。
「オレは大人だからさ。敢えて我儘通させてもらうよ」
「離せ、よ。ちくしょう…」
俯いたまま、泉は言葉を落とす。
「ちゃんとこっち見て」
「……」
こっち見てって言われても、見れそうになかった。
そのまま泣き崩れてしまいそうだった。
「泉のことさ、そういう目で見たことがなかっただけで、
これからも見れないとは言ってない」
「え」
驚いて、浜田の顔を見てしまった。
泉の頭では先ほど聞いた言葉が回っていて、泣く余裕もなかった。
「だから時間ちょーだい」










浜田はそして、至極真面目な顔をして言ったのだ。
「そんな簡単に、終わらせてなんかあげない」
















いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん






2006/11/9 UP





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