月篠あおい Side














例え枷になっても
手放したくはないんだよ









『枷』後編

(2006年12月19日浜田お誕生日記念SS)








中学校という職場において秋という季節は、
9月の体育大会に始まり、文化発表会だの合唱コンクールだの、
時期が悪けりゃ2年生は職場体験まで乱入し、各種研究授業や
部活の方は運動部は新人戦の時期だったりもして、
師走よりも忙しかったりするのである。






それは文化発表会直前の、秋の夜。






「げ」と、思わず声が出た。
家のドアを開けると驚いた顔の泉が立っていた。
どうやら呼び鈴を押す直前だったらしい。
もう夜も更けた時間にあんま中学生が出歩いちゃだめだよと
オレ、浜田は思ったのだが、見れば大きな紙袋を抱えていて
それが泉の母親からの差し入れだと経験上知っているので
あまり強いことも言えなかった。
「おお、泉!どした?」
声を掛けたのは、ドアから身体を半分出した田島先生だった。
泉は田島先生を見て、固まっていた。
「田島…先生」
「なんでお前、遅くにここにいんの?進路相談?」
「や、泉、家近所で、オレが先生になる前からの昔なじみなんスよ」
担任教師でもなく、新任1年目のオレに何が進路相談だと思いつつ
フォローはちゃんと入れておく。
いろいろ誤解されても困るし。
ぺこりと頭を田島先生に向かって下げて泉は言った。
「母親から…預かり物があったので…」
「そっか、あんま遅くならないうちに帰れよ」
「はい」
泉と田島先生のやりとりを聞きつつ、この後どうしようかと思う。
田島先生はもう帰るところで、それはいいのだが、問題は泉で。
荷物を受け取った後、そのまま帰してしまうのが嫌だった。
最近オレは教科等研究会での当番校で今月研究授業があり、
その後文化発表会の準備になだれ込んだため帰りが遅い日もあったので、
忙しさのあまり泉とはなかなか会うことも出来ていなかった。
せっかくのチャンス、少しでも一緒にいたいと思うのは
恋人同士なら当然のことだろう。





「じゃな、浜田。オレ、ここでいっから。
せっかく来た泉に今日のチョコムース分けてやれば?あれ美味かった!」
かなり年下の田島先生から呼び捨てにされるのも、もう慣れてきた。
曖昧に笑顔だけを返す。
「泉、中入ってな。ムース分けてやっから」
声をかけると、泉は何も言わず頷いて、田島先生の方を見て
もう一度頭を下げると家の中に入っていった。
田島はひらひらと手を振っている。
「田島先生、今日はほんとお疲れさまでした。
なんとか形になりそうで…ちょっと安心しましたよ」
「みんなを驚かせてやるんだ、楽しみー。また練習しに来っから。じゃ!」
そう言うと駆け出して、すぐに姿が見えなくなった。
いつも疾風のように現れて疾風のように去っていく。
若いっていいな元気だな、と思いつつ家の中に入った。
見るとまだ泉がリビングのドアを開けたまま突っ立っていて、
どうしたのかと思う。
普段ならさっさと自分のお気に入りの定位置に動いて寛いでいるのに。
「……泉?」
背後から声を掛けると、振り向かないまま泉は言った。
「浜田…なんであるの」
「え、何が」
「……ギター、それも2本」
うわあああああああっ。
オレは叫んでリビングに駆け込んだが、モノがモノだし、
もう見られちゃったので、それがギターだけではなく田島先生もなので、
敢えて誤魔化すこともせず、立ち尽くしたまま沈黙だけをその場に落とした。
「文化発表会で何やらかそうとしてんの」
「な…何故にそう思うの3年9組泉クン」
「……分からいでか」
ほんとは誰にも内緒で進行中のはずだったのにと、
オレは溜息もついでにひとつ落とした。





文化発表会でデュオ組まないか、と田島先生からお誘いがあったのは
体育大会の打ち上げの時だった。
二次会ではいつもお馴染み、西浦中学校教職員行きつけの
パブ「ランニングホームラン」を出た後に、
タクシーで田島先生の家に連れ込まれてしまったのだ。
「な、一緒に文化発表会楽しもーぜ!」と明るく言われ
西浦では文化発表会に先生枠の出し物があるんだなと
何も分からないままに承諾して、…後でちょっとだけ後悔した。
まさかステージジャックのために隠密行動を取ることになるとは
思いもしなかったのだ、田島先生!





放心状態から脱出しつつ、泉の方に視線を向けると
携帯メールをぽちぽちと打っていた。
「泉?」
「親に。遅くなるってメール。帰りは浜田に送ってもらうからな」
「もちろんだけど、電話じゃねーの?」
「電話とかウゼーしっ」
うれしさを抱えつつ問うたら、返ってきた答えがこれだった。
そうですな、反抗期なんでした。
「泉、昔みたいに泊まってってもいーけど?」
意地悪だと思いつつもそう訊いてしまう。
「…泊まってほしーの?」
「うーん…」
暫し考えた。
考えて考えて頭をふるりと振った。
「やっぱいーわ。自分の理性に全然自信がねーから、
お前泊めちまったらかなりヤバいと思う。襲っちまいそう」
何の気なしにそう言葉が出て、そのヤバさに気づいて慌てて口を覆ったけど、
泉は真っ赤になってぽかんと口を開けたまま動きを止めてて。
その様子がとんでもなく可愛かった。まだ中学生だもんなあ。
「ぜ、ぜってー泊まんねーからな!」
「うん、卒業するまではね」
「…………」
「卒業したら、こんな『恋人ごっこ』は終わらせる」
「…え?」
泉は送信し終わった携帯を閉じる。
強張った顔と揺れる瞳を見て、あれ、と思った。
次の瞬間にはしゃがみ込んで膝を抱えて丸まってしまったので更に驚く。
「ど、どうしたんだよ」
「卒業まで…なんて待たなくていっから」
「ええ?」
うれしい期待を一瞬だけしたが、泉の上げた顔が涙目だったので
オレはうろたえたまま何も言えなくなった。
「どうせ別れるつもりなら今すぐ別れてやるからちゃんと言えよ!!」
泉の震えた声がリビングの中に響いた。





「泉…あの」
オレもしゃがみ込んで、泉の顔を覗き込む。
「そうだよな。この年の差で先生と生徒で恋人ってのはおかしいよな。
ごっこ遊びに浜田を付き合わせてごめん…」
「そうじゃなくて、」
「素敵な彼女見つけてさっさと身を固めちまえよ。
こんな子どもに付き合ってんなよ」
ぼろぼろと涙を流し、嗚咽を漏らしながら
丸まっている泉を見つめて、オレも泣きそうだ。
震える肩を腕を回して包み込んだ。
泉の頭を優しく優しく撫でていく。
「好きだよ」
「……!!」
「オレこそ、終わらせようとした泉を手放さなくてごめんね。
たぶん一生、オレと別れるってお前がいくら言っても
将来好きな娘が出来ても、…お前はオレのもんだから。
お前がオレを嫌いになったとしても、ずっとそうだから」
オレはいい大人になってしまっていて、1度手放してしまったら
もう2度と手に入らないものがあるってことを知ってしまっている。
泉のこれからの人生の、どんなに枷になってしまっても
手放さない。絶対に手放さないのだ。






泉と付き合うと決めた時の覚悟は
それほどに大きかった。






「はま、だ…」
そんなに潤んだ瞳をこちらに向けないでくれ。
いろいろ止まんなくなる。自分の理性は本当に当てにならない。
「卒業したら…『先生と生徒』といった枷をひとつはずしたら、
もっとちゃんとした恋人同士になりたいんだよ。
おままごとのような『恋人ごっこ』は終わらせて、次に行きたいんだよ」
「う、…うええ…」
人前ではあまり見せない泣いてる姿のその可愛さに、
どうしようもなく愛しさが込み上げてくる。
「チョコムース、食べよ。ハーブティ淹れてあげるよ。
もう泣かないで。ご機嫌なおしてね」
「浜田」
「ん?」
「ギター…弾けたなんて、知らない」
「ああそうかもね。友達の梶山や梅原がバンド組んでた時に
付き合わされたことあるんだよ。そん時はベースだったけど」
「…歌、オレのために歌うの?」
先日の言葉を覚えてたのかと思う。
「歌うよ。泉クンへの愛を込めて。ステージに乱入するから、楽しみにな」
クサイ台詞を真顔で言ったら、
泉は呆れたのかちょっとだけ笑顔を見せた。
「そりゃ、阿部っちが思いっきりキレそうだな…」
そしてあまりうれしくない予言を吐いていた。














いつまで、こうして一緒に居られるだろうか。





遠い将来、2人の関係が壊れてしまったとしても、
絶対に泉を手放さないといったら、
それは傲慢でしかないのだろうか。
どんなに傷つけることになっても、
それでも一緒に居られるだろうか。





それとも、
過去の時間の何処にも
もう戻れないのだろうか。















浜田!お誕生日おめでとう!!


幸せそうな2人を書けて私も幸せです。






2006/12/19 UP





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