月篠あおい Side














文化発表会当日は、
秋晴れだった。










『乱入いたします』

(2006年10月16日田島お誕生日記念SS)








季節は秋だった。
スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、…そして芸術の秋。
中学校の文化発表会は大体においてどの学校でも
2学期の間に行われることが多い。
西浦中学校でも11月の初めに予定されていた。




中学校生活において大きな行事のひとつである文化発表会を
来月に控え、準備に追われている今日この頃。
場所は、もちろん生徒会室で。
11月末まではここの主である生徒会長の花井に、
あろうことか生徒会顧問である新任2年目の教師、
田島がとんでもないことを言い出した。





「……今、何て言いました?田島先生」
花井は平静を装って、もう一度問い返してみる。
口調は穏やかに。あくまでも穏やかに。
そう思う時点で心中は穏やかでも何でもないのだが。
「だからさー、文化発表会、オレが何やっても目ェ瞑っててくれよな。
…つったけど?聞こえてない?」
「嫌です」
花井は即答した。
「えーなんで、いーじゃんか」
「嫌です」
「せっかくの文化発表会、やっぱ、どかんと楽しまないと」
「だから嫌だ、つってんだろっ!今年は何やらかす気なんだ、あんた!」
押さえていた普段の花井の口調が、タメのそれと変わる。
この先生に見えない、小さな田島先生は、
何を考えているのかがさっぱりと分からない。
生徒会長である花井はこれまでにも、もう十分に振り回されていた。
やっと体育大会が終わったのに。
大体生徒会顧問は、生徒会役員と一緒で
1年間のうちで今が一番忙しい時期だろうに。





「今年は」とわざわざ言葉に出しているということは、
十分に昨年、何かをやらかしているということで。
「前会長からいろいろその辺のお話も引き継いでいるんですが、田島先生?」
「あいつにもいろいろ迷惑かけたよなあ」
「文化発表会当日に、まったくの無許可で生徒会や他の先生たちにも内緒で
怪しげな「占いの館」を開いてたってほんとなんですか?
オレ、文化祭実行委員で体育館にずっと詰めてたんで知らなかったんですけど。
阿部先生が激怒して、生徒会室に怒鳴り込んで来たそうじゃないですか」
口調のバカ丁寧さは戻っているが、語尾に苛立ちが篭っている。
「問題はその阿部先生なんだよなあ。いつもいろいろうるさいんだもんな」
「自粛、という言葉をいい加減学習してください」
「…うーん、今年は、一人じゃないしなー」
花井は、それを聞いて絶句した。







田島は窓際のお気に入りの場所に、丸椅子を動かして
その傍の窓から、広がる空をいつも見ている。
花井が生徒会長に就任した昨年の冬から、
春が来て、夏が過ぎて、この秋も。
たぶんまた来る冬も。
花井が生徒会室からいなくなる、その先も。






「やられた…」
掠れきった声で花井が唸る。
言われるまで、予想だにしていなかった。
「ん、どした、花井?」
「何、浜田先生巻き込んでるんスか、あんた」
「おお、良く分かったなあ、浜田だって」
花井の握り締めた拳が微かに震える。
「あんたの企みに乗っかる先生が、
新任の浜田先生以外に、そうそういるかっつーの!」
「人生何でも、楽しんでなんぼ」
「田島先生!!」
「堅っ苦しい文化発表会なんて、つまんねーだろ?」
田島に真顔でそんなことを言われて、花井は唇を噛む。








高校のように、文化祭ではないのだ。
公立の西浦中学校ではあくまでも授業の一環としての、文化発表会。
模擬店などはあるはずもなく、各クラスや部活動での作品発表や
ステージ発表も吹奏楽、合唱、英語暗誦、学年劇と
毎年同じような内容で行われる。
「つまんねー」とそう評したのは田島だった。
ただ文化発表会全体を変えるには、新任の田島には力がなかったし
大きい学校なのが逆に災いして、融通が利かないところもあった。
だから田島は自分でできることを探した。
昨年はかなり上からしぼられたらしいが、全然懲りてないらしい。
無難に文化発表会を終わらせようと思っていた花井にとって
田島のやることは、型破りで、でも前向きで眩しかった。






こういうところは敵わない、と思う。
教師相手に敵うも敵わないも、本当は無いのだけれど。
それでも何故だか対等でいたかった。
そう思わなければ、田島相手に報われるはずの無い思いも
抱えることはなかっただろうに。





「まあ、一応事前にお前にだけは、言っとくからな。他に漏らすなよ」
漏らすなよって言われてもな…と、花井は頭をガリガリと掻いた。
「その辺、信用してっからな」
「そんな信用、全然うれしくねー」
「オレが、ちゃんと盛り上げてやっから。楽しみにしてな」
そう言って、田島はそのそばかすと幼さが残る顔で、にっこりと笑った。





花井は、その太陽のような明るい笑顔が好きだった。















文化発表会当日は、秋晴れだった。
心地良い風が、西浦中学校にも吹いて
優しく木々を揺らしていた。






生徒会長として、花井は体育館に詰めていた。
ステージ発表も何事もなく過ぎていき、昼休みを迎えた。
昼休みには1年生の有志によるダンス発表などもあり、
型に嵌った中でも生徒たちはそれなりに楽しんでいた。
午後は1番に、2年生による学年劇があっている。
田島の姿が午後になってから見えないのに、
花井は気が付いていた。






「花井」
劇のため照明が落とされた体育館の役員席、
囁くくらいの声を掛けられて振り向くと、阿部が立っていた。
「…阿部先生」
「田島先生、何処にいるか知ってっか?」
「いえ、オレずっとこの席から動いてませんから。
体育館にはいないようですね」
「見かけたら知らせてくれ。正門のとこで1時間くらい立ち番してっから」
「はい」
はい、と返事はしたものの、どうしたものかと思う。
たぶん田島の姿を見かけても、阿部には知らせに行かないような気がする。
田島が何をするのか見てみたい、と素直にそう思う。






陽の暮れかけた生徒会室で、田島と2人でいる、
その時間が好きだった。
彼が呼ぶ自分の名前のイントネイションや、
夕陽に照らされた、大人なのに幼さの残る笑顔が好きだった。
花井が生徒会長でいる時間も、もうあと僅か。
少しでもその姿を心に刻んで、たくさんの思い出にしたかった。
火傷するように熱い、自分の中の田島に対するこの気持ちも
いつかは思い出の中に飲み込まれていくのだろう。
それまでは見つめて。
ただ、見つめて。





湧き上がった拍手の音に、花井は我に返った。
2年生の劇が終わったようだ。
幕間の時間は短くて、田島を探しにはいけそうになかった。
「次は「合唱コンクール」各学年優勝クラスの合唱です」という
アナウンスが体育館に響く。
何かが変だ、と花井は思う。
ステージには閉じている幕。その中央にスポットライトが当たっている。
体育館の明かりがまだつかない。
慌てて立ち上がると、それと同時にギターの音が鳴り響いた。
「乱入いたします」
田島のマイクを通した声が聞こえてきた。





「やられた!」
ギターを抱えた田島と浜田の両先生により、
幕間の時間をジャックされてしまった。
体育館が大歓声に包まれる。
テレビなどで聞き覚えのある歌を熱唱する2人を
花井は呆然と見つめていた。
阿部の立ち番の時間を狙っていたのは、今となっては明白である。
2曲ほど歌って、また颯爽と去っていく。
大興奮状態の体育館の生徒たちに「静かにしてください!」という
放送部のアナウンスの声は歓声に押されて、よく聞こえてはいなかった。
先生方も右往左往している。
すぐに阿部もやってくるだろう。
「やべー…どうしよう」
花井は片手で顔を覆ったまま、それだけ呟いた。
ギターなんか弾けるなんて知らなかった。
歌も思ったより上手くて、そして何より笑顔がすごく可愛かったのだ。
















戦いすんで、日が暮れて。





「はーないー、ちょっと匿ってくれ!」
反省する様子も無く、明るく元気に田島は生徒会室にやってきた。
「もう片付け終わったのか?」
「終わりましたよ、田島先生。
今期の生徒会は動ける人間が多くて助かってます」
「んじゃ、ちょーっと匿って」
といって、部屋の隅に丸椅子を移動させる。
そして持ってきたお茶のペットボトルを開けていた。
「阿部先生、さっきここに来ましたよ」
「うん知ってる。だから来た。2度はこねーだろ」
「すごーく、静かに、怒ってましたよ。
阿部先生もこの1年で随分と変わられましたね」
「みたいだな」
「田島先生に伝言預かってます」
「へ?」
「『今夜の文化発表会の打ち上げは覚悟しとけ』…だそうです」
「うわーやだなー」
お茶を半分くらい一気飲みしながら、田島は抑揚のない声を出した。
「やだなー…じゃ、ねーだろが!あんたなー!!」
「オレ、かっこよかっただろ?」
マジ切れの声にそう返されて、花井は固まる。
格好良い…というよりは、可愛いんですが、とは言えなかった。
「なあ、かっこよかっただろ?」
再び同じ問いを投げかけられる。
花井は半ば呆れつつも笑いながら答えた。
「ええ、格好良かったスよ」
田島もそれを聞いて、すごくうれしそうに笑った。









花井は、その太陽のような明るい笑顔が
本当に好きだった。





決して自分のものにはならないだろうけど。
これからも持て余しつつある熱い気持ちで
田島を見つめることしかできないだろうけど。
それでも。












花井が生徒会長でいる時間は、
もうあと僅かしか残っていなかったのだ。






















田島、お誕生日おめでとう!


ずっと書きたくて抱えていた話でした。




幕間乱入デュオ関係の話は実話です(笑)
娘の中学時代の文化発表会での出来事でした。
わたしは保護者として見に来ていました。
当時流行りでね。「○ず」が。そう「く○」(笑)
2人の男性教師による幕間ジャックだったのですが
他の先生方にはまったくの内緒だったらしく
あとですごく怒られていたそうです。
もちろん生徒たちは大盛り上がりでしたよ。


田島と浜田が何の曲を歌ったのかは
娘と話し合って決めていたりするのですが、
敢えてここでは書きません。
ご自由にご想像なさってください。






2006/10/15 UP





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