月篠あおい Side














取り出されたのは、
ぴんく色のペンだった











『今日の気分はぴんくの花丸』










前職はコンビニの店長だった。





埼玉の教員採用試験に7回目の挑戦でやっと合格し
晴れて中学校の先生になることができたオレ、浜田は
1年生の担任も任されて、目がまわるように忙しい、
けれど幸せな日々を過ごしている。
まだ季節は初夏で、やっと学校に慣れたころだった。




「はーまだ先生」
昼休みに机にかじりついて保護者への学級通信をパソコンで
作っていたオレに声をかけたのは、水谷先生だった。
オレの指導教師…その2であるらしい。
実際の指導教師は別にいて、けれど新任教師の本年度配属はオレ1人ではなく
彼だけでは大変なので、サポートのためについているらしい。
「水谷先生、レポートもちょっと待ってくださいっ。今日中にはっ」
「いーよいーよ、待ってるね♪」
明るい笑顔が返される。





「あれ?浜田先生これ」
水谷先生が指さしたのは、飲み会の回覧名簿だった。
「来週のやつか、浜田来んの?」
「行きます。あ、それも回さないと」
飲み会の日時・場所が書いてあって、職員名簿もついていて
出欠を記入して回すことになっている。
「オレもここで書いてこ」
水谷先生はシャツから、ぴんく色のペンを取り出した。
「今日の気分はぴんくの花丸〜♪」
と言って、名簿の名まえの横にぐりぐりと花丸を書いている。
他の先生方はみな普通に鉛筆やボールペンで○とか×とか、
「行けなくてすみません」とか書いてあるのに
水谷先生の欄だけぴんくの花丸だった。





「先生…」
「ん、花丸、変かな?」
にへらと笑う水谷先生を見たらもう何も言えなくなった。
「や、似合ってる、ス」
「ありがと♪…しっかし、また二次会『ランニングホームラン』であんのかっ。
もう毎回あそこだな〜。送迎バス出るもんな〜」
「『ランニングホームラン』ってすごい名まえっすよね、あの店。
今度カラオケ何歌おう…」
「新人は芸も仕込んでこないと!期待してるよ!」
背中をぽんと叩いて、水谷先生は去っていく。
歓迎会(しかも1次会)で一発芸をやらされたことを思い出して
深々とため息を吐いてしまったオレだった。









机の上に残された
名簿のぴんくの花丸だけが
鮮やかな色をしていた。














ほんとにいらっしゃったんですよ、
コンビニ店長さんから転職された先生…。
小学校でしたが。
素敵な先生でしたよ♪




2006/6/5 UP





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