月篠あおい Side











『晴れ姿』

(「西浦中学校物語」Afterwards 超番外編)
(2011年4月28日花井お誕生日記念SS)








どこの学校にでも桜の木ってのはあるもんだなと、
見慣れない校舎の端に車を止め、ドアを開けた時に花井は思った。
それはちょうど桜の木の真下で、
春の季節をようやく迎え、芽吹いた桜木を暫し見遣った。
蕾が膨らんで、咲き始めるのもすぐだろう。
木々の隙間、あちこちから覗く空の青い色が視界に入り心地良い。




初めて訪れた学校ではあったが、校舎の作りはよくある長い2連のもので、
正面玄関もくるりと1周すればすぐに見つかると思い、花井は歩き出した。
規模もそれほど大きくはないようだ。
家からは車で30分以上はかかるだろうか。
午後から有給を取り、会社から直接ここに来た花井は位置が真反対なこともあり、
かなりの時間を要してここにやってきた。
田島と西浦で出会ってから、もう10年以上の時間が過ぎた。
2人とも親元を離れ、今は一緒に暮らしている。
ここは田島が現在赴任している中学校だった。
西浦から数えて、3校目の学校となる。
3年生の担任をしていて、ここしばらくは高校受験だなんだでとんでもなく忙しそうだった。
『午後2時に学校の正面玄関で』
日付だけではなく、時間も場所も指定されての田島からの呼び出しだ。
半年以上前からの約束だった。
何事だろうと花井は思うが、
田島の先が読めない行動にはさすがに慣れてしまっていて、
最早たいして気にすることもなくなっていた。




「こんにちは!」
スーツ姿の花井に対し、部活動中だろうか、
ジャージ姿で校内をランニングをしている生徒たちが近付き、挨拶の声を投げてきた。
花井は会釈を返し、そのまま校舎に沿って歩きだした。
学校には様々な業者が出入りしているらしく、
スーツ姿の男性がいてもたいして目立ちはしないようだった。
校舎に沿って歩いていると、
色とりどりの花が植えられているプランターがいくつも置いてある正面玄関が見えてきた。
玄関横に見えているのは事務室だろう、来校者受付の場所もあるようだった。
「はーないー!!」
聞き慣れた声に、視線を奥に向ける。
玄関ホールに田島の姿を見つけた。
晴れ姿の、彼だった。




馬子にも衣装、と言うべきなのかどうかは分からないが、
ひし形地紋が入った真っ白な羽織に着物、
それに紺の地紋が入った、ラメが光る赤色の袴がやけに田島に似合っていた。
今日は卒業式だったのだと、その時になってやっと花井は思い至った。
そういえば、貸衣装がどうとか言いながら朝早くに家を出ていたのではなかったか。
「花井!オレ、かっこいいだろ?」
投げかけられた台詞に、昔の、そう、文化発表会辺りのやんちゃな田島を思い出して、
思わず花井は吹いてしまった。
「なんでそこで笑うかな!?」
「や、ワリぃ」
「なあ、かっこいいだろ?」
「ああ、うん、可愛いな」
満面の笑みを湛えて、花井はそう答えた。
田島は逆に頬を膨らませ、ぶーたれていく。
「お前なあ、30男に向かって可愛いとかゆーなよ」
「いや、待て待て、自覚がないのがスゲーな。
あんた自分がどんだけ可愛いか分かってねーのか」
夜に腕の中にいる田島は更に倍は可愛いけどな、と言いたかったが、
その台詞は胸の中に仕舞って、また今度にしようと花井は思う。
「卒業式だったんだ。おめでとう」
「……ありがと。見せたかったんだ、これ。脱がずに待ってた。
3年の担任、4クラス全員が羽織袴だったんだ。揃えたんだよ、和装で!
あ、一人は女の先生だから、羽織はないけど。
写メとかじゃなくてさ、オレ、花井に着たトコ見せたかったんだ」
「ああ、似合うな。ちゃんといい男だと思ってっから」
「へへへ、うれしいな」
田島はそばかすのまだ残る顔で、晴れ姿を見せたかったのだと笑う。
花井はそんな田島の笑顔が大好きだった。
中学生だったあの頃から、それだけは変わらずに。



出逢った頃の田島はまだ新任の教師だった。
現在は教師という職業にも慣れ、
落ち着くどころかやんちゃ振りは増しているようにも思えるが、
あの真っ直ぐな視線は今も昔も変わらず、生徒たちと学校という場を見つめ続けている。
出会いと別れを内包する春がやってきている。
幾度の春が来ても桜は咲いて、散っていく。











仕事が詰まっている田島と別れ、車を止めた場所まで戻る。
ああ、春だなあ、と花井は空を見上げた。
満開になったら綺麗だろうな、と花の先の時間を思い浮かべる。
西浦の校庭にたくさんあった桜木たちは、きっと今年も咲いているだろう。
出逢った場を離れてしまっても、
ずっと田島と一緒に居れるこの現状に感謝している。



視線を桜木の枝とその先の流れる雲に据え、
今はただ懐かしき母校を思った。













花井、お誕生日おめでとう!





「西浦中学校物語」超番外編でした。
このSSを「墨宵帝國」のとうま みかさんと、
サイトにご訪問いただいているハナタジスキーさんに捧げます。

年齢設定はとうまさんからいただきました。
花井26、田島35くらいで(笑)
いいですねー、その大人な年齢設定!
とうまさんからは別のハナタジリクもいただいてまして、
こちらはちょっと変わったシリーズものになる予定です。


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2011/4/28 UP





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