月篠あおい Side














そのぜんぶに、
相手を思う大事な気持ちが詰まっている。









『その、ぜんぶ 3』

(「西浦中学校物語」Afterwards)
(2010バレンタイン&2010/2/19サイト開設5周年記念スペシャル)












「ハッピー・バレンタイン!全部食いやがれ!」
泉は玄関から上がるなり、
ダイニングテーブルの上で紙袋に入った、いくつものチョコをぶちまけていた。
「どしたのこれ!」
オレ、浜田は驚いて声を上げるが、泉は「作った」と言い放って、
着ていたダウンを脱ぎ捨てると寝室にダッシュして、オレのベッドに潜り込んだ。
そうして既にそれから数十分は経っている。



オレはチョコを仕分けつつ、嘆息している。
「これだけのチョコを全部オレのために作ったと言い張るわけね、泉くんは」
零す言葉は泉に聞こえているのかどうかは分からない。
何故かぶーたれてる泉はベッドから出てこない。
「いーずみくん!」
呼びかけても返事も無い。
再び嘆息しつつ、「泉は嘘つきだなあ」とただ思う。
嘘を吐く罪悪感と自分の中に巣食う照れを認めるのと、
どちらがより負担なのかはその本人にしか分からない。
さあたくさんのチョコの中から、本当に泉が作ったチョコを探し出そう。



チョコを仕分けしていると大きく2種類に分けることができる。
見た目はどれも失敗作のようだ。
「当たりは、どれかなあ」
テーブルの上には、でかいハートのチョコに「愛」という字を書こうとして、
微妙に違う字になっているものや、
爆発したらしくはみ出たカップチョコケーキがいくつも転がっている。
その中にガナッシュを丸めてチョココーティングされている、
小さなトリュフチョコがあった。
ひとつだけ。
小さな小さなトリュフチョコは、
まるで泉の素直になれてない気持ちのようで、たぶんこれが当たりなのだろう。
残りの2種の片方はたぶん三橋が頑張った証なのだとして、
もう片方は誰のだろう、と首を傾げた。
毎年バレンタインには、家庭科教師である自分がいろいろと作って、
泉はそれを食べる役だった。
昨年はザッハトルテだったように思う。
泉が自分で作ってくれたのは、長いつきあいの時間の中でも初めてで、
それがオレにはうれしくてたまらない。
優しい泉は失敗作を捨てることができなくて、持って帰って来てしまったのだろう。
オレはトリュフチョコを手に取り、暫し眺めてから口に入れた。
酒には強いはずなのに、
身体の内に広がる甘さとラム酒の香りに酔ってしまいそうだった。



もしかすると泉も既に酔っているのかもしれない。
1個だけの泉からのチョコ。
ここには無い作った残りはきっと泉が自分で食べたとオレは信じている。
「泉くん、ねえ泉くん」
掛け布団の上から泉の背を撫でる。
「……んだよ」
「ありがとう。トリュフチョコ美味かったよ」
「……全部食えって言わなかったか?」
舌打ちの音と共に優しくない言葉が投げかけられる。
その態度で当たりは確定だった。
「もちろんありがたく全部もらうよ」
「変なのがたくさんだけど、いいのか?」
「数でも形でも、そして味でもなく、気持ちが大事」
「……うん、そうかも」
布団を捲ると顔を赤くした泉がいて、可愛いと思う。
やはり少しは泉も酔っているようだ。
「フォンダンショコラ、食べる?」
「食うに決まってっだろ!何確認してんだよ」
「あれは焼きたてが美味しいから、今から作るの。とろけるガナッシュ、泉好きだろ?」
「否定はしない」
「ああもう!素直じゃないなあ」
「それがオレだ」
「分かってますって」
泉の頭をくしゃくしゃとかき回す。
しばらくして泉から掠れた声が落とされた。
「あの、さ、浜田」
「……なあに?」
「オレ、三橋に言っちまった」
震える声。
「……ごめん」
オレは首を振る。
「三橋、知っちゃったか。でもお前のせいじゃない。オレが悪い」
「ごめん、オレ」
「気にすんな」
乱れた前髪から微かに覗く、
潤んで揺れる大きな瞳にそそられてしまうのは何故だろう。
「クソ、可愛すぎる。もう今日は帰さねーからな!」
「げ、マジか」
「ラム酒に酔わされたんだよ、多めに入れただろ?」
そう言ってオレは泉の唇を塞いだ。



のぼせるほどの甘さを愛しい人と分け合いたく思う。
甘さを染み渡らせて、この夜を過ごしたいと思う。
そんなバレンタインデーの夜だった。











バレンタインに飛び交うチョコレートの、
その、ぜんぶに。
愛情と感謝を込めて。










はっぴーばれんたいん!



第3弾はハマイズです。
泉は優しいなあ、と思ってしまいます。
しかし、3人でのチョコ作りがどんなだったのか気になります。
「そのひとつ、ひとつ」とは視点キャラをわざと逆にしています。
泉視点でちゃんと書いてみたかったですね。
三橋のお兄ちゃん役をこなしつつ、田島のストッパー役をやるのは、
もう職人技というしかありません。
ずっと浜田に美味しいものを作ってもらうばかりだった泉。
自分も作ってあげたいと思ったのでしょうね。
関係の変化がうれしいですね。










2011/2/18 UP





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