月篠あおい Side














そのぜんぶに、
相手を思う大事な気持ちが詰まっている。









『その、ぜんぶ 2』

(「西浦中学校物語」Afterwards)
(2010バレンタイン&2010/2/19サイト開設5周年記念スペシャル)












愛を形にするのは難しいと気が付いた。
もういい加減大人なのになあと溜息をつく、オレ、田島だった。
バレンタインデーの夜。
ここはオレの家でオレの部屋で。
大好きな梓と向かい合い、膝を突き合わせて座っている。



「つい、出来心で」
オレは項垂れつつ、言葉を零した。
笑いは噛み堪えつつ、そのせいもあってまだ顔が上げられない。
どんだけ大人になっても反省と自粛とはまだ和解が成立していなかった。
「ほう」
腕組みしつつの梓の声が落ちてくるが、その表情を見ることができないでいる。
顔を上げるタイミングが掴めない。
梓の中学校の頃より更に伸びた背が、癪に障るのは確かだった。
「出来心と勢いで」
「ほうほう」
「オレの梓への愛を表現しようとしたら、こんなことになっちまったんだよ!」
とにかく愛はあったのだと主張はしてみる。
「ほほう」
「……」
2人の側にある、でかすぎるハート型のチョコを見つめつつ、黙り込んだ。
両腕で抱えるほどのそのチョコには白いアイシングで「愛」とでっかく書いてある。
見れば愛があるのは分かるだろう。
力作だ。
泉と三橋に笑われながらも頑張った力作なのだ。



「こんなんもらってどうしろというんだ」
はぁ、と活字になって落ちてきそうなくらいに大きな溜息を目の前で吐いている。
愛が重すぎたのかなあ、とオレもちょっと悲しくなる。
「それ、いらないんならさ、」
「いらないなんて言ってねーぞ」
言葉は遮られ、視界が急に暗くなる。
抱きしめられたと感じ、すぐにその力の強さに息苦しくなる。
「だってこんなの割れねえだろ?ハートが壊れんだろが。どうやって食うんだよ」
降ってきた声の優しさに、その内容に、じわじわとうれしさが湧き上がってきた。
ああ、喜んではもらってるんだ。
愛は伝わっているんだなと安心もする。
「横からかじる、とかさあ」
「欠けるのは嫌だ」
「にゃ?歯が、ってこと?」
「ハートがだ!」
「そんならもう飾っておくしかないんじゃね?」
「……うーん、そうだな。しばらく飾って、鏡開きみたいにチョコ開きをするとかなら……」
想像したら可笑しくなって、2人して爆笑してしまった。
「ありがとう、田島。うれしかったよ」
梓の笑顔がうれしい。
ただ体を離され寂しくなったので、も一度ぎゅっとくっついた。



「なあ、梓」
「なんだよ」
「とってもうれしいから、一つ我侭言ってもいいかなあ」
「もうお前の我侭にはいい加減慣れた。大概のことには驚かないぞ」
更にぎゅぎゅっとくっついて、目を伏せて、そして言った。
「……お前が高校卒業したら、そん時は一緒に暮らそう」
暫しの沈黙が漂った後、梓の大きい手がオレの頭をぽんぽんと軽く叩き、
背中に回って優しく撫でていく。
「そんなにひいじいの容態良くないのか」
耳元で囁く小さな声に返す言葉はなかった。
冬に季節が変わる頃からずっとひいじいは入院している。
齢90をとっくに超えていて、
亡くなっても大往生だと言われるくらいの高齢ではあるのだが、
家族を失うカウントダウンを自覚するのが辛かった。
これで梓とも離れてしまえば、自分のダメージは計り知れない。
「ずっと一緒にいたい」と思うのは、
とっくに大人になってしまった田島にとっては最大の我侭だった。
梓の未来を縛り付けることになるのだと分かってはいる。
これ以上の我侭はないだろう。
そして言えるチャンスは今しかなかった。
今ならまだ何も起きていない。
断る余地を梓には与えたかったのだ。



「ずっと一緒にいてくれよ」
「いいよ」
あっけない程の梓の返答に、喜ぶどころが憮然としてしまう自分に悔しさを覚える。
「断ってもいんだけど」
「待て、何で断ると思ってんだ」
「オレ、大丈夫だから。ひいじい亡くしても、頑張れるから」
「頑張れないし、大丈夫なんかじゃない」
「……」
「オレが、そうなんだ」
急に唇を塞がれて、その口付けの激しさに息ができない。
「あ、あず、さ」
絡められた舌の熱さに、思考すらもだんだんと痺れていく。
梓の腕に縋ろうとしても、指に力が入らない。
「オレが、お前を離さねーから。全部がオレのもんだから」
「……置いて、行くなよ」
「行かない。好きだ」
オレは目を伏せる。
脳裏に浮かぶのは、もう過ぎ去った日のあの懐かしい場から仰ぎ見た青空だった。



時間は現実をそのままにして留まってはくれない。
流れ流れる中でも、大事にしたい気持ちがある。
それはオレにとっては「愛」だった。
梓を想う気持ちを、世界がどんなに変わっていこうとも大事にしたかったのだ。













バレンタインに飛び交うチョコレートの、
その、ぜんぶに。
愛情と感謝を込めて。










はっぴーばれんたいん!



第2弾はハナタジです。
中学校シリーズですが、もう生徒側が高校生になっていて、
原作の西浦っこたちより年上になっています。

どんどこ大人になっていく花井だったりします。
田島の心には西浦の生徒会室から仰ぎ見た青空が大事にしまわれています。

鏡開きならぬハート開きをして(笑)きっと花井はチョコを食べたんでしょうね。
三橋、泉と3人でチョコ作りをしたようなのですが、
さぞ大変だったことだろうと思います(笑)










2011/2/16 UP





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